安部首相が「面舵いっぱい」の路線を多少修正しだようだ。
安倍政治を彩ってきたのは、きわめて危険な右翼傾向であると同時に、見ていて恥ずかしくなるほどの幼稚さであった。
日本の伝統のなかでこれほど幼稚な首相を抱いたことがあっただろうか。
麻生といい、  といい目を覆うほどの政治の劣化がもたらされている。
短期的に見れば小選挙区制、テレビ時代という要素は無視できないが、日本から急速に物を考える人間がいなくなっているというトレンドを見過ごす訳にはいかないだろう。

ところで、このような政権を生んだのは、一種の「権力の空白」だった。
現在もこのような極右に対する有効な対抗勢力は存在していない。

なぜこのような空白が生まれたのか。
私は国民と財界の力勝負が一種の膠着状態に入ったためだと見ている。
民主党を押し上げた国民の深部の力は、みずからの希望を民主党政権に託した。
このとき財界とメディアの逆襲が始まった。自信喪失の自民党にとってかわり、民主党の換骨奪胎作戦を開始した。

まず伝家の宝刀、東京地検特捜部を使って鳩山、小沢の追い出しに成功した。いわばクーデターが行われたわけである。

ついで連合マシーンを使って菅を送り込んだ。一応民主党トリオの一角だから格好はつく。
菅が首相就任早々に財界よりの方針を打ち出した時は唖然としたが、スポンサー筋に言い含められていたのであろう。菅の方も首相になるためなら毒でも飲む気分だったろう。

二人三脚の政治がスタートしたとき、東北大震災が発生し、福島原発の事故が発生した。

菅は財界を無視し、反原発に舵を切ろうとした。この時財界はしゃにむに菅を引きずり下ろし、野田を新たな首相に据えたのである。

これが国民感情を逆なでし、民主党は見捨てられることになる。さらに消費税をめぐる顛末は、自民党以下の醜態をさらけ出した。

こうして国民の望んだ民主党は姿を消し、財界党に成り果てた。そのとき、消極的なオルタナティブとして自民党が登場し、さらに維新旋風が巻き起こった。

原子炉内部の国民の不満という巨大なエネルギーが行く先を求めて右翼になだれ込んだのである。

自民党の政権復帰後、時代を風靡した経団連は鳴りを潜め、ふたたび裏方に回った。この経過のなかで国民対財界という対立図式は消え去り、国民の不満は見事に吐出されてしまったのである。

そして残ったのが、やるせない不満と鬱屈した気分だ。

権力の空白は、こうした権力を巡る抗争の結果としてもたらされたものである。

これは一時的なものだ。我々は学んだ。日本の代表としての大企業や財界が我々の味方ではないこと、政治が混乱すれば前面に出てきて国民の分裂を行うことを。
だから政治には何よりも財界からの独立が求められることを知った。

これが、何よりも大切な教訓である。