共産党が、「歴史の偽造は許されない――『河野談話』と日本軍『慰安婦』問題の真実」という論文を発表した。

ネットにもアップされると思うが、長いので要約紹介する。


はじめに

維新の会の議員が「河野談話」について事実を歪める国会質問を行った。

内容は (1)「慰安婦」を強制連行したことを示す証拠はない、(2)元「慰安婦」からの聞き取り調査はずさんで、裏付け調査もしていない。

というものだ。

安倍晋三首相は「質問に感謝する」とのべた。その後政府は、「河野談話」の検証チームを設置すると発表した。

「河野談話」見直し論は歴史を偽造し、戦争犯罪をおかした勢力を免罪しようというものだ。

 

Ⅰ. 「河野談話」が認めた事実、それへの攻撃の特徴は何か

A 「河野談話」が認めた五つの事実

 「河野談話」では、つぎの五つの事実が認定されている。

1.「慰安所」と「慰安婦」が存在したこと。

2.軍が「慰安所」の設置・管理に関与したこと。

3.「甘言、強圧」により「本人たちの意思に反して」就業を強制されたこと。

4.「慰安所」において、強制使役の下におかれたこと。

5.朝鮮出身者が多いのは、植民地支配の一環として行われたためだ。(この項は適切な要約ではないかもしれません)

その上で「河野談話」は二つの立場を表明している。

1.謝罪: 従軍慰安婦として数多の苦痛を経験されたすべての方々に「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」

2.決意: 歴史の真実を回避しない、歴史の教訓として直視する、永く記憶にとどめる、そして、「同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」

 

B 「慰安所」における強制使役にこそ最大の問題がある

見直し勢力の主張は、第3の事実、「慰安婦」とされる過程が「本人たちの意思に反していた」との点に集中する。論点は次の二つである。

1.「慰安婦」を強制連行したことを示す証拠はない

2.元「慰安婦」の証言には 裏付けはない

これは、論点3を突き崩すことによって論点1~5のすべてが否定されたように見せかける「詭弁」です。主要な論点は 4.「監禁拘束」と「強制使役」にある、と論文は反論します。

この事実に対しては、「河野談話」見直し派は、口を閉ざし、語ろうとしません。しかし、この事実こそ、「軍性奴隷制」として 世界からきびしく批判されている、日本軍「慰安婦」制度の最大の問題です。

 

Ⅲ. 「河野談話」にいたる経過を無視した「談話」攻撃

“「慰安婦」とされる過程に強制性があったという事実認定には根拠がない”か? 「河野談話」にいたる経過を追いながら、“根拠”を探る。

A. 韓国側から「強制連行の事実を認めよ」との訴えが提起される

 日本軍「慰安婦」問題が、重大な政治・外交問題となったのは1990年からですが、それから1993年8月の「河野談話」にいたる経過をみると、つぎのような事実が確認できます。

まず、日本軍「慰安婦」問題で大きな被害をこうむった韓国から、「強制連行の事実を認めよ」という訴えが、さまざまな形で提起されます。元「慰安婦」が初めて実名で証言します。日本国内でも、市民団体や研究者による真相究明を求める運動が起こりました。

B 加藤談話、「慰安婦」に政府(軍)の関与認める

1.92年7月 加藤紘一官房長官が談話を発表

関係資料を調査した結果、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の衛生管理、慰安所関係者の身分証明等」について政府の関与を認める。

「従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」と表明する。

2.加藤談話は「強制連行を否定」したわけではない。

「朝鮮人女性の強制徴用を示す資料はなかったのか」との問いに、「募集のしかたについての資料は発見されていない」と答えたこ とが、「強制連行は否定」と報道され、談話への強い批判が寄せられます。

慰安婦の仕事が強制使役であったという“根幹的事実”が、この調査によって確認される。談話は強制連行について触れておらず、おそらく談話発表後の記者会見での質疑応答であろう。しかも強制連行を否定したわけではない。メディアが先走った感がある。ここは本論文の重要な指摘だと思う。

3.韓国政府の加藤談話への対応

日本政府の調査を「評価する」と発表。一方、「全貌を明かすところまでは至っていない」として、事実3(強制連行)の確認をもとめる。

C. “強制性を立証する日本側の公文書は見つからなかった”

日本政府は国外まで広げて「慰安婦」問題の調査をすすめた。しかし、「本人の意思に反して慰安婦とされた」という事実を立証する公文書は見つからなかった。

事務方の責任者だった石原元官房副長官が「通達とか指令とかいろんな資料を集めたんですけど、文書で強制性を立証するようなものは出てこなかったんです」と証言している。

D. 強制性を検証するために、元「慰安婦」への聞き取り調査をおこなう

日本政府は募集過程における強制性を確認するため、直接に元「慰安婦」16人から聞き取り調査をおこなった。石原氏は、「元慰安婦の話から状況判断、心証をえて、強制的に行かされたかど うかを最終的に判断しようということにした」としている。

結果、日本政府は、「慰安所」における強制使役とともに、「慰安婦」とされた過程にも強制性があったと判断。石原氏は、「その意に反して慰安婦とされた 人たちがいたことは間違いありません」と述べている。

E. 元「慰安婦」証言から強制性の認定をおこなった「河野談話」の判断は公正で正当なもの

「証言」は「証拠」に比べ、法的能力は一段低いものである。しかし強制連行の証拠がなくても、強制連行がなかった証拠もないのであるから、その限りで、「証言」は重みをもって受け止めなかればならない。「真っ黒でなければ白」という推定無罪の法廷論理では済まないと思う。

一般に、証言は判断する主体の「心証形成」のための手段である。もとめられるのは「確からしさ」と「真実性」である。それを担保する要件をどう規定するかが問われる。

元「慰安婦」の聞き取り調査は、訴え(の核心的事実)に真実性があるかどうかを判断するということを目的としたものです。「裏付け調査」など、もとより必要とされません。

 元「慰安婦」の証言の「裏付け調査」要求は筋違いです。

「裏付け調査をしていない」とか、証言に「間違いがある」、「信憑性に疑問がある」などの 批判は、いまに始まったことではありません。

核心的事実とは、「意思に反して慰安婦とされた」というポイントです。

「はっきりしていることは、慰安所があり、いわゆる慰安婦と言われる人たちがそこで働いていたという事実、これははっきりしています。それから慰安婦の輸送について軍が様々な形で関与したということも、これもまた資料の中で指摘をされていたと思います。

…軍が持っている非常に圧倒的な権力というものが存在し、そういう状況のもとで、被害者でなけれ ば到底説明することができないような証言がある…」

 これは当然の責任ある判断です。当時の政府が、「河野談話」において、こうした立場にたって認定をおこなったことは、公正で正当なものでした。

 

Ⅲ 日本の司法による事実認定―「河野談話」の真実性は歴史によって検証された

 

A. 加害国である日本の司法による事実認定

加害国である日本の司法による事実認定は、きわめて重い意味をもっています。

慰安婦裁判は10件あります。このうち8件の判決では、元「慰安婦」たちの被害を事実認定しています。それは、「河野談話」見直し派が声高に叫ぶ「強制連行はなかった」という主張を打ち砕くものとなっています。

B. 「河野談話」が認めた五つの事実のすべてが「事実と証拠」に基づいて認定された

東京高裁判決(2003年7月22日): 本件の背景事情のうち争いのない事実と証拠(……)によれば、次の事実が認められる。

イ、軍隊慰安婦の募集は、旧日本軍当局の要請を受けた経営者の依頼により、斡旋業者がこれに当たっていた。業者らは甘言を弄し、あるいは詐欺脅迫により、本人たちの意思に反して集めることが多く…さらに、官憲がこれに加担するなどの事例も見られた。

エ、軍隊慰安婦は、戦地では常時旧日本軍の管理下に置かれ、旧日本軍とともに行動させられた。

 

C. 被害者の一人ひとりについて詳細な事実認定がおこなわれた

 一連の判決は、「各自の事実経過」として、元「慰安婦」が被った被害について、一人ひとりについて詳細な事実認定をおこなっています。事実認定されている女性は35人にのぼります。内訳は韓国人10人、中国人24人、オランダ人1人です。

D. 国家的犯罪として断罪されるべき反人道的行為との告発が

 日本の司法による判決は、個々の被害事実を認定しているだけではありません。こうした強制が国家的犯罪として断罪されるべき反人道的行為であることをつぎのように告発しています。

 「極めて反人道的かつ醜悪な行為」、「ナチスの蛮行にも準ずべき重大な人権侵害」、「著しく常軌を逸した卑劣な蛮行」――日本の司法による判決でのこのような峻烈(しゅんれつ)な断罪は、きわめて重く受け止めるべきものです。

E. 「河野談話」の真実性は、いよいよ確かなものとなった

日本軍「慰安婦」に関する事実関係について、「日本の司法が認定」を下し、「司法の分野では決着」がついたのです。

司法の認定は、当時の日本政府の判断が「間違いなかったということを保証」するものともなりました。

Ⅳ 「軍や官憲による強制連行を直接示す記述はなかった」とする政府答弁書の撤回を

A. 「強制連行を直接示す記述はなかった」とする政府答弁書は、事実と違う

第1次安倍政権が閣議決定した2007年3月16日の政府答弁書には、次の記述が含まれています。

 「『河野談話』を発表した1993年8月4日までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」

しかし、この時点でも、すでに強制的に「慰安婦」にされたことを示す外国側の公文書は存在していました。少なくとも、つぎの二つの公文書は、日本政府 は間違いなく知っていたはずです。

B. オランダ人女性を強制的に連行して「慰安婦」とした「スマラン事件」

2013年9月、原資料が開示されました。 そこには、判決文をはじめ、強制連行の事実を生々しく示す証拠資料が多数含まれています。判決文は次のように事実認定しています。

 「日本占領軍当局者は此の無援、不当なる従属関係を濫用し、暴力或は脅迫を以て、数名の婦女子を最も侮辱的なる選択の後、抑留所より連行せり」

 これらは、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」そのものです。

 「河野談話」の発表に先立って、日本政府が、強制連行を直接の形で示すこれらの公文書を把握していたことは、疑いようがありません。

C. 東京裁判の判決に明記されている中国南部の桂林での強制連行

 東京裁判の裁判文書、とりわけ桂林については、判決そのものにつぎのような記述があります。

 「桂林を占領している間、日本軍は…工場を設立するという口実で女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した」

 日本政府として、BC級戦犯裁判や東京裁判の公文書に明記されている強制連行を示す記述を知らなかったと言い張ることは、通用する話では決してありません。

E. 事実と異なり、有害きわまる役割を果たしている政府答弁書の撤回を求める

 さらに、「河野談話」発表以後、日本の司法の裁判での数々の事実認定を踏まえるならば、「軍や官憲による強制連行を 直接示すような記述が見当たらなかった」とする政府答弁書は、許されるものではありません。

 政府答弁書は、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」であるのに、それが「強制連行を示す証拠はなかった」と読み替えられ、さらに「強制連行はなかった」と読み替えられ、利用されているのです。

 この政府答弁書を撤回することを、強く求めるものです。

Ⅴ 歴史に正面から向き合い、誠実かつ真摯に誤りを認め、未来への教訓とする態度を

A. 女性に対する国際的人権保障の発展と、日本軍「慰安婦」問題

日本政府には、国際的な批判にこたえる国際的な責務があります。

B. 「性奴隷制」を認め、強制性を否定する議論に反論を―これが世界の声

れまでに、米国下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会、韓国国会、台湾立法院、フィリピン下院外交委員会と七つの国・地域の議会から日本政府にたいする抗議や勧告の決議があげられています。国連や国際機関からも、国連の二つの詳しい調査報告書のほか、国連人権理事会、自由権規約委員会、社会権規約委員会、女性差別撤廃委員会、拷問禁止委員会、国際労働機関(ILO)などから、日本政府にたいする是正勧告が繰り返し出されています。

「河野談話」の見直しを叫び、日本軍「慰安婦」制度の強制性を否定する主張は、日本のごく一部の極右的な集団のなかでは通用しても、世界ではおよそ通用しないものであり、最も厳しい批判の対象とされる主張といわなければなりません。

C. 歴史を改ざんする勢力に未来はない

日本政府が、「河野談話」が明らかにした日本軍「慰安婦」制度の真実を正面から認めるとともに、歴史を改ざんする主張にたいして きっぱりと反論することを強く求めます。

さらに、「河野談話」が表明した「痛切な反省」と「心からのお詫び」にふさわしい行動――事実の徹底した解明、被害者にたいする公式の謝罪、その誤りを償う補償、将来にわたって誤りを繰り返さないための歴史教育など――をとることを強く求めるものです。


長い! というのが正直な感想。

論争が多岐にわたるだけに、細部であっても疎かにできないという事情があるから、これでもずいぶんが頑張ったのだろうと思う。

とくに第Ⅰ節が説得力を持っている。

河野談話の骨組みを5点に整理し、核心的事実を第4点目に絞ったことは正しい主張だと思う。

そして河野談話に先立つ加藤談話の重要性を強調している。ここは非常に重要だし、教えられた。

ここで、すでに基本的な山は越しており、韓国側もそう理解していたと思われる。

「強制連行」については、確かにもう一つの山ではあるが、強制労働の事実が認定されれば、「同意なしの就労」はある意味で論理的に導き出されるのである。

そのうえで、紙に書かれた証拠がないということで作業が遅れ、河野談話にずれ込んだ形になる。

もう一つのポイントは、河野談話の「強制連行」の結論を出す過程、本人たちの証言を採用して事実認定するという方法論が、司法のレベルで追認され確定したという事実だ。司法の判断はある意味で法律以上の重みを持っていて、行政の枠をしっかり縛っている。

三権分立の下で、行政が司法の判断を覆すようなことはあってはならないのだ。

この大枠をつかむことが、慰安婦問題での議論ではだいじだ。

正直言って、韓国側の対応もこの問題を複雑にしている。

強制労働の事実を認めたら、今度は強制連行の事実を認めろ、さらに国家として補償せよと、問題点をずらしてくる。

しかもアジア基金の時には内輪もめで醜態を晒した。

ポピュリスト政権の悪いところが露呈した感じだ。

もちろん悪いのは日本の側で、安部首相が世界中のひんしゅくを買うのも当然である。

論文の最後にも書かれているように、「将来にわたって誤りを繰り返さないための歴史教育」と、そのための認識のすり合わせがもっとも大事なことである。

「金を出せ!」の要求は、政府レベルでは抑制されるべきだろうと思う。