本日の文化面には東大名誉教授の島薗さんが登場する。

島薗さんは宗教学者で、生命倫理の問題が専門のようだ。

宗教者らしく、やや断定的な物言いが気になるが、二つの問題意識は共通するものがる。

一つは、我々がむかし「産学協同」といっていたものがさらに深刻化している問題。

もう一つが、科学者の「専門バカ」化が、大衆蔑視とない合わさってさらに進行していることだ。

「専門バカ」と大衆蔑視は「卵が先か鶏が先か」みたいなところがあるが、その先に見えてくる学者像が「ヒラメ型」人間だ。

ヒラメというのはヒラメには失礼かもしれない。ヒラメには背中と腹の間には美味しい身があるが、連中は紙のようにヒラヒラだ。守るべきものがない。骨が全部透き通って見える。


島薗さんは、場(フォーラム)の形成を呼びかけている。

狭い領域の専門家だけでなく、人文科学や社会科学もふくめて異なる専門領域の人達が議論して科学技術の方向を決めること、さらに科学技術によって影響を受ける人達が参加できる場を作ることが必要です。

それはそのとおりなんだけど、肝心なことは科学者に腹と背中の間に筋肉を付けさせることだろうと思う。養殖ハマチではなくコリコリのヒラメだ。

それは、市民の厳しい批判を通じて行われるほかない。そして科学者同士の相互検証を強めるしかない。「世の荒波」の洗礼だ。

原発事故とその後の反原発運動を通じて痛感したのは、「街の専門家」を先頭とする草の根レベルの専門的知識の高さである。

知識の高さというより、必要とあれば理解しようとし理解できる潜在能力の高さである。

市民の力を侮る「専門家」は何時の日か、こてんぱんにやっつけられる日が来る。

そのことを「専門家」は肝に銘ずるべきだろう。