中国に初めてマルクス主義思想を紹介したのは淵泉という人である。

淵泉は筆名で本名は陳溥賢。早稲田の政経を出た後、北京の新聞社に勤務し、特派員として東京在留中に社会主義思想に触れた。

以下は石川禎浩「マルクス主義の伝播と中国共産党の結成」からの引用である。                          

淵泉こと陳溥賢の日本についての考察の対象が、当初の軍部、政党、議会といった統治機構から次第に労働運動、社会運動へと推移していったことにはかれなりの必然性があった。

一九一九年、かれの最大の関心は当然のように山東権益をめぐる日中関係にあったが、かれは日本の軍部、大政党、実業家の中国政策を通観したうえで、日中の「真の親善」は日本の労働階級が政治の主導権を握ったあとでなければ実現されえないと断言するのである。

かれはいう。

わたしの観察によれば、中日両国がもし真の親善を増進し、互助の精神を発揚せんとするならば、軍閥の時代では絶望的であるし、資本家の時代でもさらに望みはない。
日本の労働階級が台頭し、主人公となることができた時、はじめて中日両国の関係は我々が理想とする境地に達することができる。
ゆえに我々は日本労働階級に無窮の期待を抱くのである。

それから100年、前途未だ遠しですな