本日は親父の生誕百年。

子供の頃、作文は苦手で、「家族のことを書きなさい」と言われても、「そんな恥しいことヨウ書けん」と抵抗していました。

母方の血統は県庁の吏員で、平凡な暮らしぶり。子供は全部出来がよくて、医者ばかり。

それに引き換え、親父の方は良く言えば波瀾万丈、ほとんどキ印に近い家系。

こういう夫婦がうまくいくわけがない。それが商売柄、24時間顔を突き合わせているわけだから大変な話。そこへ持ってきて終戦で京城の爺さん、弟、妹が転がり込んでくることになったから大変。

いま考えれば、そのとばっちりを一身に受けていたことになる。

火鉢があれば火箸、食事時なら菜箸、何もなければげんこつが飛んできた。今でいうDVの世界だ。それとは逆に母親は溺愛傾向で、両方とも煩わしいから遠ざかることに決めていた。

従って対応すべき対象としてしか親父に対する印象はない。

それが変わったのは、晩年の20年ほどだ。たまに帰省した私の前では反共をブチあげていたのが、いつの間にか「共産党」になってしまい、地域ではなかなかの活動ぶりだったらしい。

妹に聞く話では、近所に署名集めに回ったり活躍したようだ。大体が依怙地でブーたれの「共産党」だったようだ。一応は「歯医者の先生」だから、それなりの影響力は発揮したのかもしれない。

瞬発力というか切れの良さ、つかみのウマさと一気の行動力・組織力は父親譲りと思う。持続力に乏しいのが難点だが。