ぴったりした言葉がなかなか出てこない。

「思想」というにはあまりにもおぞましい論理である。虐殺を実行するに至る客観的に見た心理機転でもあり、虐殺するに当たっての主観的「口実」でもある。

本多勝一風に言えば「殺す側の論理」だが、「虐殺」というのは殺すのも殺されるのも集団であるから捨てがたい。

殺人は立派な犯罪だが、虐殺というのは社会事象であって必ずしも犯罪とはいえない。古くはジンギスカンだって、最近はピノチェトにしても、畳の上で大往生している。讃えるものすら少なくない。

「4つの段階」というのも、必ずしも段階ではなく単純に「種類」として横並びさせたほうが良いのかもしれない。

ただ「虐殺」というのは、虐殺犯が思っているのではなくて、大量殺害行為を見て評価する我々の側の主観である。だから、それなりに理解できるレベルから、まったく理解できないレベルまでスペクトルはできるので、「段階」をつけるのは無意味なことではないと思う。

てなことで、4つの段階を一応あげてみようと思う。
1.過剰防衛型虐殺
2.「自然の掟」型虐殺
3.「内発」型・能動的虐殺
4.趣味としての虐殺

多分、似たようなことを考えている人はいると思うので、ネットでもあたってみようかと思っている。