録画しただけで見ていなかったマレイ・ペライアのコンサートをやっと見た。
バッハの演奏では音がなり終わらないうちからブラヴォの掛け声で、がっくり来た。一時だいぶマナーが良くなったが、またも逆戻りか。それにしてもフランス組曲ですよ。ブラヴォはないでしょ。

曲はバッハのフランス組曲と熱情ソナタ。
音がきれいな理由が分かった。寸止めで鍵を底板に撃ち付けていない。
熱情でも同じだ。弾き方は決して熱情的ではなく、曲の持つ「熱情」を冷静に伝えようとする。
演奏者というより演出者となって、両手指に演奏させている感がある。右手がバイオリン、左手がチェロの二重奏だ。両手にギニョールをつけて、会話と演技をさせているようだ。
もちろんこれでうまくいく曲もあれば、それだけではダメな曲もあるだろう。
腕を痛めたせいもあるのかもしれないが、それでうまくいく曲にレパートリーを絞っているのかもしれない。

しかしバッハが良いかというと、必ずしもそう思わない。モロに対位法の曲をモロに対位法的に弾くと、味も素っ気もなくなる。

バッハはもっとギャラントでなくてはいけないし、ロマンチックでなくてはいけないと思う。対位法を味わいたければチェンバロを聴いていたほうが良い。
口直しにソコロフ(パルティータ2番)を聞いているとそう思ってしまうのである。(ただしソコロフはほとんどライブ演奏のエアチェックなので、出来栄えや録音には差がある)