本日の赤旗文化面には、たまたま二匹の狐がいる。
ひとつは竹内栖鳳の「狐」であり、もうひとつが木島櫻谷(このしま)という画家の「寒月」という絵でここにも狐が描かれている。
竹内栖鳳はお馴染みの絵で、見事なものであるが、もう一つの「寒月」の方に見入ってしまった。

アライ=ヒロユキさんの評によると、

「寒月」は狐を竹林の中心において主役にしつつ、半月が照らす夜景と雪煙で霞むさまの両方を連続した背景に収め、時間の流れを感じさせる、起伏のあるドラマを作り出し見事である。

ということだ。

写真として掲載されているのが部分像なので、構図の説明が今ひとつ納得出来ないが、率直に言ってこの写真でも良さそうだ。

新聞の写真で、小さい画面だからいろいろ限界がある。そのなかで読者に訴える力のある写真に仕上げるのもひとつの技かもしれない。

それはともかくとして、作者についての説明を引用させてもらおう。

木島は写実性を重んじた円山四条派の流れをくむ戦前の日本画家。

対象への徹底した観察眼から生まれる迫真性に特徴がある。それは平面における見栄え重視の描画の巧みさに偏らず、質感と存在感を持ち、見るものにずしりと重みを感じさせる。

彼の本領は動物や人間の描写にある。ぬくもりとやさしさが同居するその絵は、むしろ現代的な感性に思える。


率直に言って、“業界ルーチン”的な言葉が多すぎる印象を受ける評だが、感じは伝わってくる。

ということでお待たせ
これがその絵だ

これが左、

これが右

スエスエ201さんのページより

左右のふすま合わせて12面に描かれていて、赤旗の写真では左側のふすまの右三面だけを取り上げている。いわば1/4だけだ。(厳密には三面とちょっとで、その“ちょっと”のはみ出し具合が絶妙だ)
失敬といえば失敬だが、たしかにそれでもいいのかもしれないという気もしてくる。さらに白黒写真も、それでよかったようにも思える。



これより左の雪煙で霞むさま も不要だし、右上の半月が照らす夜景 はなくもがなである。
さらに言えば、狐の表情もどことなく人間みたいでウソっぽい。漱石の言うとおりである。

記者はこう切り取りたかったのだろう、と思う。トリミングの妙である。左奥の雪霞み、そこから点々と下り出る足跡、そしてその先の狐という3点セットに絞り込んで、奥行きを出し、時の感を出した。
しかし、結果として読者を騙している事にもなる。こういう「ダマシ」は決して嫌いではない。

桜谷という画家、他の絵も見たが、さほどの人ではないと思う。この絵も、実物を見たらそのまま通り過ぎるかもしれない。こういう切り方をした瞬間に、この絵に別のいのちが生まれたようにも思う。