以下は、フランクフルト学派の創設者アドルノが文化について発言した時の一節だそうです。

「文化が悪臭を忌み嫌うのは、文化自身もまた臭いを放つからである。というのも、ブレヒトのすぐれた一節にあるように、文化の宮殿は犬の糞でできているからなのである。そしてこの一節が書かれて数年後、アウシュビッツは反論の余地がないほどに文化の失敗を証し立ててしまったのである」

アドルノは文化と芸術そのものを一つの矛盾としてとらえていました。

人間の社会は、いまなお諸国家へと引き裂かれた世界社会なのであり、実際には自由な社会として見なすことはできません。

アドルノにとって文化が正当化されるのは、ただ現在の支配者の許容条件次第なのです。

つまり、文化が非文化と、または労働との宥和のための余地をどのくらい空けておくのかで決まります。さらに、非文化との究極的・歴史的な止揚をいかに指し示すのかで決まります。

アドルノが体験したのは、労働者階級の一部がファシズムに身をゆだね、または文化産業によって操作されるという事実でした。

このエピソードを紹介したデミロビッチは、「今となっては古臭くなった考えだが、その危機感はアクチュアリティーを持っている」と評しています。