ソシュール、ソシュールとうるさいから、少し気になって調べてみた。ネットの世界にもソシュールは氾濫しているが、こちらの知りたいことは殆どない。

とりあえず、年表形式で

1786年 ウィリアム・ジョーンズ、インド滞在中に「On the Hindu's」を発表。サンスクリット語が古典ギリシャ語やラテン語と共通の起源を有する可能性があると指摘する。

1822年 ヤコブ・グリム、印欧祖語からゲルマン語に至る子音推移に法則性があることを発表。「グリムの法則」と呼ばれる。
ヤーコプ・グリム を盟主とする「青年文法家」グループは、歴史的比較言語学を唱え、ドイツのライプツィヒ大学を中心に活動。

1850年 アウグスト・シュライヒャー(August Schleicher) 、「ヨーロッパ諸言語の体系的概観」を発表。ヘーゲルの影響のもとに、言語は段階的に発展・成熟・崩壊する有機体であるという「言語有機体説」を打ち出す。

1857年 Ferdinand de Saussure がジュネーヴで生まれる。

1861年 シュライヒャーが、「インド・ゲルマン諸語比較文法要綱」を発表。印欧歴史言語の「系統」を樹状図で表現した。

序文はドイツの進化論者エルンスト・ヘッケルによる。またシュライヒャー自身もダーウィンと書簡を交していた。

1875年 中等学校時代に処女作「諸言語に関する試論」を発表。「鳴鼻音」を発見する。

1876年 パリ言語学会に入会。10代にして数々の発表を行う。

1878年 ライプツィヒに留学。シュライヒャーの下で比較言語学を学ぶ。「欧語族における母音の原始的体系に関する覚え書き」を発表。「喉頭音仮説」を打ち出し、ヨーロッパ圏の諸語の祖となった印欧祖語の母音体系を明らかにする。

シュライヒャーは比較言語学の始祖。言語学は自然の有機体たる言語を扱う自然科学であると考え、猿が人間になるように、言語がヨーロッパ語に高度化する系統樹を発表した。

1880年 青年文法派と交わるなかで、「サンスクリットにおける絶対属格(与格)の用法について」をライプツィヒ大学に提出して博士号を得る。

青年文法派は、言語を有機体として見ることをやめて、人間集団の歴史的・精神的な所産であると考えた。ソシュールは青年文法派の主張を認めつつ、さらに言語を集団的なものと個人的なものへと二分し、集団言語に目標を集中した。

1881年 パリ大学の「ゴート語および古代高地ドイツ語」の講師となる。高等研究院講師、パリ言語學會幹事などを歴任。

1891年 パリ大学のポストを捨て、生地ジュネーヴに戻り、ジュネーヴ大學にて教鞭をとる。サンスクリット語・印歐諸語の比較文法、言語地理など。

1894年 言語学の先駆者ホイットニーの死去に際し、長文の追悼文を書く。文章は未完で放置され、その後論文の発表は終わりを告げる。

1906年 ジュネーヴ大学で「一般言語学についての講義」を行う。以後5年間で計三回の講義が行われる。

1913年 ソシュール、ジュネーヴで死去。

1916年 学生たちが持ち寄った、「一般言語学」の講義ノートが死後出版される。


この年表を見ても、ソシュールの理論がどう発展し体系化されたかはサッパリわからない。これがルソーなら、彼の年表を見ただけでも彼の思想がある程度察しがつくのだが。

ソシュールの解説はネット上にもあまたあるが、ソシュール理論の発展過程をあとづけたものはまったく見当たらない。

一番困るのは、ソシュールに直接先行した理論がどんなものだったのか、ソシュールは何を否定しつつ自らの議論を押し出したのか、ここが見えないことである。


語彙のことをシーニュというらしいが、これには二つの側面がある。ひとつはシニフィアンでもう一つがシニフィエだ。シニフィエは音でシニフィアンが意味ということらしい。

漢字を見れば分かりやすい。感じというのはヘンが意味で作りがオンになっている。すし屋の茶碗を見ればよく分かる。ヘンは全て魚だ。ただし多くが和製漢字だから、ツクリにも意味を持たせてしまっている。

ツクリは万葉仮名と同じで音だけの存在に成り下がっている。その漢字の保つ本来の意味は捨象されている。

このツクリがシニフィエだと言うなら「あぁ、そうですね」という話だ。御大層に御託を並べるほどのものではない。

言葉(ランガージュ)には二種類あって、社会的な言葉をラング、個人的会話をパロールというそうだ。当然ながらラングには言葉だけではなくしきたりもふくまれる。

フランス語に敬語とか丁寧語があまりないから、かえって分かりにいが、儒教社会では別に何の不思議もない。日本人なら書き言葉だけでも口語体と文語体があるし、しゃべるのも結婚式で挨拶するのと、飲み屋で語り合うのはそうとう違う。

そういう文化の中で暮らしていれば、当たり前じゃんか、ということになる。もっと細かく分けてもいいくらいだ。