日本銀行金融研究所/ 金融研究/ 2001.12

ゼロ金利政策下における時間軸効果: 1999-2000年の短期金融市場データによる検証

白塚重典 藤木裕

要旨はこうなっている。

本稿では、1999年2月から2000年8月にかけて行われたゼロ金利政策下の時間軸効果を、定量的に検証する。

実証分析によれば、金融市場において観察された、将来の金融政策経路に関する期待チャネルを通じる時間軸効果は、脆弱な金融市場状態によって生じた流動性効果によって強力に補完されていた。

この分析結果の政策含意は、ゼロ金利政策の効果が、金融市場やマクロ経済の環境に大きく依存していることである。


つまり、金融緩和策は金融市場が軟弱なときほど効果はされるということだ。金融市場は根本的にはマクロ経済に規定されているが、それが実体経済以上に収縮しているときほど、サプライサイドからのモーションが有効になるということだ。

基本はあくまでマクロ経済の改善であり、そこに向けて資金を集中することが必要だということだ。

それを前提として、日銀は99年2月に、「民間経済活動が停滞を続け、企業や消費者の心理は冷え込み、長期金利が大幅に上昇し、円高が進んだ」ことを理由にゼロ金利を宣言した。

つまりこれら4つの要素をもってデフレの顕在化ととらえ、金融出動を行ったことになる。

そして00年8月に、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になったとして、これを解除した。

見た通りきわめてオーソドックスな発動の理由であり、解除の理由である。しかし解除の時点でほんとうに4つの要素が改善したのかについては疑問が残る。

(インターバンク市場参加者の多くが、2000年8月11日の日本銀行金融政策決定会合の直前まで、ゼロ金利政策が解除されると予想していなかった)

もう一つ注目したいのは、日銀は不況=デフレという単純な見方はしていないことである。不況を基礎としつつも、他の3つの要素が加わった時に初めてデフレが顕在化するということだ。

「脆弱な金融市場状態」とは流動性不足であり、不況下の高金利という悪循環に陥った状態を指す。


結語のところで以下のような記述が、妙に印象に残る。

ゼロ金利政策は、1997年以降における日本の金融システムと金融市場の危機的状況に対処するための一種の非常措置であった

これらの緩和効果は、金融部門に於いては著効を示したが、非金融部門の間の波及メカニズムが機能しない状況の中では、金融部門の外部へは波及するに至っていない。

わが国の経済情勢を考えると、ゼロ金利政策を超える強力な量的緩和策は、将来の財政負担を残すだけとなるかもしれない。

ゼロ金利政策を実行するにしても、それをより有効なものとするためには、日本経済が直面する構造問題について、より適切な理解が求められるし、ゼロ金利政策以外の政策手段によって対応しなければならない問題を、的確に指摘していく必要がある。

これはスティグリッツらに対する有効な反論となるであろう。なったはずだ。しかしゼロ金利政策解除後、ふたたび激しいリセッションが起こり、日銀は「ゼロ金利政策を超える強力な量的緩和策」に踏み切らざるを得なくなった。

これを日銀の責任にのみ帰す訳にはいかない。しれは文脈を通して明らかだろう。