久しぶりに「朝の風」のヒット作。

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」(77年)の結びだ。
10月に亡くなったコラムニストの天野祐吉さんは、これを読んで“頭をぶん殴られたような気がした”
これは茨木さんが亡くなった時、天野さんが「赤旗」日曜版に寄せた追悼で紹介している話。
たしかに効きますねぇ 

天野さんは茨木さんを偲ぶ講演会でこう語っている。

この作品について本人に話を聞いたことがある。最後の『ばかものよ』は他人では なく自分に対しての言葉。最後までこの言葉を入れることを悩んだという。…でも、私は『ばかものよ』の言葉がこの詩が持っ ている“命”だと思う。最後にあることで作品全体を素晴らしくさせる。


「自分の感受性くらい」の全文


jibunnnokanjusei


この時のり子は51歳、夫に先立たれた2年後の作品。

左翼の勢いが最高潮に達した頃、そして陰りが見え始めた頃、ものが世の中にあふれ始めた頃、だから物の考え方が安易に流れ始めた頃、アルコールが生活の一部となり始めた頃、長い小説を読まなくなった頃、仕事が面白くてしょうがなかった頃、そういえばピンクレディーのブレイクした頃でもあった。