赤旗の文芸欄で植竹団扇という人が鶴彬について書いていて、その中でエノケンの談話が紹介されている。
ほとんど本題と関係のない挿話だが、微妙に面白い。

あたしが、こう、縁側に腰を掛けていると、
ザザーッと焼夷弾が降って来やがって、
そこの池へ、バサバサーっと落っこって、
池はたちまちお湯になって、
中の鯉が、あっという間に煮えてしまった


実際にはそんな悠長な話ではなかったはずだが、
エノケンは音を使って、見事に、現実離れした「瞬間」をすくい取っている。

3月10日の東京大空襲だけでも10万人が死んでいる。エノケンは生き残った。
だから「池の鯉」というのは、実際は、さっきまで横にいた、身内の人間たちのことなのだ。「煮魚」になってしまった親戚の子や弟子や女中たちのことなのだ。

そう思うと、ザザーッとかバサバサーっという音が奇妙に生々しい。