マオイスト党幹部 人名解説

マオイストの多くは二つの名前を持っています。本名とゲリラ名です。彼らが政治の表舞台に登場するまではゲリラ名で呼ばれていたので、今回、文章を書くときはかなり混乱しました。

マオイストというのは通称で、正式名はネパール共産党毛沢東主義派です。ただ現在は統一毛沢東主義派と変わっています。これは2009年1月に小さなセクトと合同したからです。

マオイスト党は95年に結成されています。この時の書記長がプスパ・カマル・ダハルです。ダハルはその時以来プラチャンダ というゲリラ名で有名になりましたが、合法闘争に復活してからは本名のダハルで活動しています。

(マオイスト党の前にも多くの共産主義者のセクトがあったが、とても追い切れないので省略)

マオイスト党のもう一人の看板バタライにはゲリラ名はありません。なぜなら彼はマオイスト党の公然組織「統一人民戦線ネパール」の代表だったからです。

バブラム・バタライはインド共産党(CPIM)ともつながりのある知識人です。武装闘争を指導したわけではなく、一時は平党員に格下げされるなど党内での地位は必ずしも高くありません。

マオイストを割ったのが、モハン・バイディア。ゲリラ名はキラン。この人は実はダハルの先輩に当たる人で、マオイスト党の前身組織で総書記を務めていました。武装作戦の失敗の責任を取り、いったん退き、後任にダハルが就いたという経過になっているようです(カトマンズ・ジャーナル)。

ダハルが首相になった後、ダハルは議長となり、書記長にバイディアが就任しました。

4人目の幹部がラム・バハドゥール・タパです。ゲリラ名はバーダル。ロシアに留学し原子工学を学んだという知識人です。

最初のダハル内閣では国防相を務め、軍とゲリラとの統合を進めました。今回の分裂劇では、バイディアと行動を共にしました。

ウィキペディアでは、「全党的に人気があり、プラチャンダ(ダハル)の最大のライバルであるという見方も存在する」と書かれています。

他の有力者としては

チャンドラ・プラサト・ガジュレル。ゲリラ名はガウラブ。ダハルの腹心と言われ、党のスポークスマンとして国際的にも知名度が高いそうです。

クリシュナ・バハドゥル・マハラは教育者として合法面で活動してきた人物で、多くの活動家を育てたことでも知られているようです。