我々のこれまでの常識からすると、会社は企業家のものであり、企業家は社員をふくめての会社だと思っていた。
大きな企業ではマネージメントを行うシニア・スタッフの独自性が高まり、オーナーと経営責任者、社員の三層構造になってきたが、経営責任者は機能資本家と見られ、オーナーの意思との乖離は目立たなかった。とくに輸出関連の企業では、外貨割り当てを通じたMITIの強力な統制もあった。
これがバブル期以降は様相が変わった。
第一に自己資本の蓄積が進み、金融機関の支援を必要としなくなった。
第二に為替の自由化により、外貨の制限はなくなった。
第三に海外進出により、モノ作り現場が多様化し発言力が弱まった。
第四に証券市場の自由化により、株の持ち合い制の意義が薄まった。
この結果、マネージメント部門のオーナー離れと、証券・債券市場を通しての投資家との関係強化が進んだ。
とくにメガバンクに見られる大型合併はオーナーを駆逐し、持株会社の解禁は会社は株主(投資家)のものとする風潮を広げた。

というふうな流れの中で、(えらく長い前置きになってしまったが)、衆議院経済産業委員会での塩川議員の質問を紹介する。

塩川議員はAPFの昭和ゴム乗っ取り事件について質問した。

記事はえらく端折ってあるが、質問の全文を探すのが面倒なので、補強しながら紹介する。
この事件の概要は以前詳しく報告した。
塩川議員は
1,APFが会社資産の約3割を持ち逃げした問題
2.労働組合への不当労働行為が続いている
と追及した。
そのうえで、
97年に純粋持株会社が解禁された(独禁法改定)あと、労働者保護の措置が放置されていることに問題がある。
1。持株会社やファンドに団交応諾義務を課すべきだ。
2.企業の持続性維持を義務とするようなファンド規制に踏み出せ。
と主張した。
オーナー資本家が企業経営者でもあった時代、労使一体論は「日本型経営」と言われ、先進資本主義のモデルだった。
いまそこに戻せというのは無理な話だが、「会社は社員のものだ。社員あっての会社だ」という観点を、ギリギリのところで問いなおしてみる必要があるのではないだろうか。
少なくとも、経営者が「会社は会社のものだ」と考え、企業そのものの存続を最大の目標に置くことを義務づける必要がある。
そうでないと、「会社は出資者のものだ。潰そうが生かそうが関係ない」と考えるハイエナ・ファンドに社会が食い荒らされることになる。
これは労働者だけではなく、真面目な企業家・資本家にとっても深刻な問題だ。