2016年3月 増補

昭和22年

47年1月

1.04 第二次公職追放。公職追放令(公職に関する就業禁止、退官、退職等に関する勅令)が改正され、さらに追放対象が拡大される。公職追放は経済界、言論界、公的団体へ及び、町村長レベルに至る21万人が排除される。

1.15 婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令が公布される。

1.18 ストライク調査団、GHQに対日賠償報告書を提出。ポーレー案とは異なり、1935年ころの日本人の全般的生活水準を考慮。

1.19 GHQ、ソ連支配下の日本人引揚に関しソ連と協定成立と発表。

1.20 学校給食実施.

1.21 マーシャル元帥が国務長官に就任。

1.23 極東委員会、日本国民の生活水準を1930~34年程度に制限すべきと決定。マッカーサー元帥に指令する。

1.31 GHQ、2.1ゼネスト中止を指令。

47年2月

47年3月

3.03 米国、対日独通商統制緩和を発表。

3.06 アチソン大使が東京に帰任。「米国民は日本国民が自立せねbならないと考えている」と声明。

3.12 トルーマン、議会演説で「トルーマン・ドクトリン」を宣言。世界を自由主義対全体主義の対立と捉え、自由な諸国民への支援を強調。

3.17 マッカーサー元帥、「占領を早期に終わらせ、講和条約を結び、総司令部を解消すべきだ」とし、1年以内に講和交渉を開始すると言明。また産業能力の削減についても消極的な考えを明らかにする。

3.17 GHQ 結核対策強化に関する覚書を発表。また国庫補助率の引き上げ、届出義務化など伝染病対策を強化する。

3.18 アチソン国務次官、マッカーサー声明について「日本との講和交渉には欧州の平和処理の進行が必要」と語り、マッカーサーを牽制。

3.22 トルーマン、公務員の「忠誠テスト」を命令。破壊分子の摘発に乗り出す。

3.22 GHQ、マッカーサー声明の具体化として、①国内食糧の最大限活用と食糧輸入による救済、②賃金と物価の統制強化、③急速強力な総合経済統制、による経済破局の克服を勧告。

3.31 教育基本法・学校教育法(男女共学、義務教育6・3制)公布.4月から新制度に移行。

3月 米国が第一次講和条約草案を作成。日本軍国主義復活を阻止するために、日本は無期限に連合国の統制のもとにとどまるべきとする。

3月 財閥家族56名を指定し、所有有価証券の持株会社整理委員会への譲渡を命じる。

47年4月

4.01 町内会・部落会・隣組廃止.

4.02 国連安全保障理事会、旧日本委任統治領の米単独信託統治案を可決。

4.07 8時間労働・男女同一労働・同一賃金をうたう労働基準法が公布される(9.1施行).

4.07 GHQ 保健所拡充強化に関する指令

4.09 労災補償保険法が公布される。

4.14 独占禁止法公布(7.20施行).財閥解体後の日本経済の民主化を恒久的なものとするためとされる。

4.29 SWNCC、「日本の過度な経済力集中に関する米国の政策について」(FEC230文書)を承認。

FEC230の骨子(金融政策): ①大銀行を分割し競争を促す。② 預金保険制度などにより中小銀行を保護し、公正な競争を維持する。③大蔵省の権限を縮小し、銀行検査を強化する。④銀行とそれ以外の産業を分離する。⑤特殊銀行の業務・権限を縮小する。

4月 地方自治法を公布

4月 日本証券取引所の解散を命じる。

47年5月

5.08 アチソン国務次官、トルーマン・ドクトリンの具体策を発表。4大国の協定を待たず、単独で日独両国の復興に当たるとする。

5月 日本生命が相互会社化。他社も相次いで追随、生保相互会社は16 社となる。

47年6月

6.05 マーシャル国務長官、欧州復興計画(マーシャル・プラン)を明らかにする

6.09 GHQ、対日賠償緩和に関する国務省の指令を発表。原則として工場を存置させることを明らかにする。

6.10 GHQ,8月15日から制限付き民間貿易再開を許可.

6.17 GHQ、日本の食糧事情が7月以降危機に陥ると指摘。

6.24 極東委員会、マッカーサー声明を承認。対日貿易16原則を日本政府に提示。

47年7月

7.01 公正取引委員会発足.

7.03 独禁法の第二次適用。GHQ,三井物産・三菱商事の解体を指令.

7.03 GHQは三井物産、三菱商事の解散を指令。

7.16 米政府、極東委員会参加11カ国の多数決制による対日講和予備会議を申し入れ。ソ連は4大国の事前承認制を無視したものだと非難。

7.26 ケナン国務省政策企画部長、「フォーリ・アフェアーズ」に封じ込め政策を発表。「X論文」と呼ばれる。

47年8月

8.04 最高裁判所発足.

8.14 GHQ、輸出入回転基金として5億ドルの対日借款を許可。

47年9月

47年10月

10.13 秩父・高松・三笠の3直宮家を除く11宮家51人の皇籍離脱を決定.

10.05 トルーマン米大統領、対日援助のためパン1切れ等食糧節約をテレビを通じて全米に訴える。これを契機にガリオア物資の救援始まる。

10.26 改正刑法公布(不敬罪、姦通罪の廃止).

47年11月

11.21 財閥同族支配力排除法案が成立。

47年12月

12.01 失業保険法が公布される。

12.12 児童福祉法公布.母子手帳の配布が開始される。

12.22 改正民法が公布(家・戸主制度廃止、結婚・離婚の自由、財産の均分相続など).封建的家族制度の一掃、民主主義と自由平等主義が実現する。

12.27 GHQ、新年の国旗掲揚を許可。

12.31 内務省解体.

12月 アメリカ社会保障制度調査団が現地調査。GHQに報告書を提出。

 

昭和23年

48年1月

1.01 マッカーサー、年頭の辞「日本国民に与う」で自由経済を強調。

1.06 ロイヤル陸軍長官、新対日政策について演説。「日本を極東における全体主義の防壁へ」と語る。これを機に米国の占領政策は転換。マッカーサーはコケにされた格好となる。

48年2月

2.06 持株委員会、鉱工業部門の古河鉱業以下275社に対し集中排除法の第一次指定。ついで配給業およびサ-ビス部門の淺野物産以下68社に対し集中排除法の第2次指定。

2.12 極東委員会、日本非武装化の早期完了を要求する「日本における軍事活動の禁止と日本軍装備品の処理」の指令を採択。

2.18 マッカーサー、集排法に関する書簡を送り、集中排除の必要を力説。

48年3月

3.05 GHQの反トラスト・カルテル課、FEC230を受けて大銀行分割の方針を打ち出す。これに対し金融財政課は「包括的金融業法案」を提出。反トラスト措置の骨抜きを図る。

3.09 米陸軍省、ストライク調査団の報告を発表。日本経済復興には外部の援助が必要とする。

3.09 マッカーサー、大統領選に出馬する意思を表明。

3.25 ドレーパー陸軍次官をトップとする調査団が来日。ドレーパーは日本の財政の均衡と物価の安定および生産の増強の必要を強調。このために対日クレジットを準備すると発言。

48年4月

4.06 ドレーパー対日賠償調査団、日本再建4カ年計画を発表。対日賠償の暖和。対日経済援助の勧告を行う。復興条必要な工場は残置、過剰生産力のみ除去すると述べる。

4.30 GHQ、東邦亜鉛ほか3社の制限会社指定を解除。この後常磐炭鉱以下50社の集中排除法指定を解除。残り275社のうち175社も機構上の分割を必要とせず再編可能と認定。

48年5月

5.10 公職追放審査委員会、同訴願委員会が廃止される。

48年6月

6月 GHQのホイットニー、公職追放は永久的なものであり、講和後も持続すると声明。

48年7月

7月 GHQ 社会保障制度の勧告(ワンデル勧告書)を日本政府に手交。

48年8月

8.17 GHQ経済科学局、日本政府に対して非公式覚書「新法律の制定による金融機構の全面的改編に関する件」(ケーグル案)を発出する。金融財政課の包括的金融業法案をもとにしたもの。多くは占領終結とともに流産。

ケーゲル案の骨子: ①通貨信用政策、銀行の規制・監督を大蔵省から独立させる。②日本銀行を連邦準備銀行型に改編する (民間銀行が出資)。③金融機関を規制する新金融業法。④特殊金融機関を見直し、当面の復興に必要なものに絞る。⑤銀行の他企業との資本・人的関係を断ち 切る。⑥証券業務を禁止し、資金の自己運用を制限。⑦銀行の自己資本を充実させ、預金者を保護する。

48年9月

48年10月

10月 アメリカの国家安全保障会議、「対日占領政策に関する勧告」を作成。対日政策がトップレベルで転換される。

48年11月

11月 国家公務員の団体交渉・ストライキを禁止。

48年12月

12月 アメリカが日本経済の発展に関する九原則を発表。その後1ドル360円の単一為替レートへ移行。

12月 岸信介らA級戦犯16人を釈放。

48年 6大都市の保育所300カ所にてララ物資給食開始・CARE物資による救援始まる。