昭和21年

昭和21年1月

1.01 天皇が新年の詔書を発表。みずからの神格を否定したことから「人間宣言」と呼ばれる。実際には、「朕と汝ら国民」とは「たんなる神話と伝説」ではなく、「相互の信頼と敬愛によりて結ばれ」ていると強弁する内容。

1.03 米陸軍省、日本の食糧が3000万トン不足していると報告。

1.03 マッカーサーの日本管理に関する報告が発表される。(日本の民主化と日本人再教育を主題とする)

1.04 GHQ、「好ましくない人物の公職よりの除去に関する覚書」(公職追放令)。

公職追放令: 軍国主義的国家主義と侵略の活発な主唱者、一切の極端な国家主義的団体、暴力主義的団体または秘密愛国団体、大政翼賛会、翼賛政治会、大日本政治会などの有力分子」などを公職から追放し、公共性のある職業につくことを禁止。
右翼27団体が解散され、21万人が公職を追放される。うち16万人は軍人。政治家が3万5千人。

1.07 米国内の三省調整委員会、憲法の骨子となる「日本の統治体制の改革」を採択する。これに基づきGHQ民政局でも具体的なチェックリストの作成に着手。

1.10 国連が第一回総会をロンドンで開催。

1.11 極東委員会の日本調査団が東京で1回目の会合。

1.13 GHQ、王子製紙関係38社を制限会社に指定。

1.18 米政府賠償委員会の日本における現地調査が終了。

1.18 警視庁、初めて婦人警官を採用する。

1.19 マッカーサー、極東軍事裁判所の設置を命令。

1.20 GHQ、対日賠償の最優先施設として航空機工場、兵器廠など約400の軍需工場の接収を命令。

1.21 GHQ,公娼制度廃止を命令.これを受け娼妓取締規則が廃止、1万400人の娼婦が解放される。

1.26 輸入食糧の第1船、フィリピンより入港。

昭和21年2月

2.01 第一次農地改革実施.実効性はほとんどなし。

2.01 一部報道で松本試案がリークされる。これを見たマッカーサーは、民政局に草案起草を指示.

マッカーサーの指示は1.天皇を元首とする、2.戦争を放棄する、3.封建制度の廃止を骨子とするGHQ三原則。民政局は三省調整委員会の文書を元に憲法草案の起草に着手。民間の「憲法研究会」の草案要綱も参考にされる。

2.02 GHQ、繊維産業の再建のため原綿30万トンの輸入が必要と発表。

2.06 GHQ、下村定大将(最後の陸相)ら18名の逮捕を命令。

2.08 政府の憲法調査委員会、憲法改正要綱(松本私案)をGHQに提出。マッカーサー、政府の憲法改正案を拒否,

松本案の骨子: 1.天皇は至尊にして侵すべからず。2.天皇は軍を統帥する。3.日本臣民は法によらずして自由と権利を侵さるべからず。4.貴族院を参議院に改む

2.13 GHQ、日本政府に対しGHQ草案を手渡す。マッカーサーとGHQが草案作成を急いだのは、極東委員会が天皇制廃止を主張していたためとされる。

この頃、国務省内のバーンズ長官周辺では「日本非武装化・非軍事化条約」が検討されていた。これによれば武装解除された日本の安全は連合国→国連によって保障されることになっていた。

2.17 日本政府、経済危機緊急対策を発表。あわせて金融緊急措置令を発令.新円への切り替えのため預金が封鎖される。

2.18 GHQ、文部省の教科書認定権を廃止すると発表。

2.19 天皇の全国巡幸が始まる。(天皇は必死だったろう)

2.23 GHQ、昭和21年度輸出計画を発表。戦前平均の25%に抑えられる。

2.26 連合国各国代表による極東委員会が発足する。ワシントンで第1回会議を開催。ソ・豪・英、天皇制廃止を主張。

極東委員会(FEC): 連合国11ヵ国で構成され、GHQの上部機関として位置づけられる。本部をワシントンに置き、東京に出先機関として対日理事会を置く。形式上は対日政策の決定機関とされる

2.25 新旧円の交換を開始する。3.03までの1周間で交換を完了し、旧円の流通が禁止される。

2.27 GHQ、社会救済に関する覚書(Public Assistance なので「公的扶助」に近い)。無差別平等・公私分離・国家責任・最低生活保障を指示する。

2.28 公職追放令公布実施.

昭和21年3月

3.01 労働組合法が施行される。この後労働組合結成が相次ぐ。

3.01 米国務省、日本からの輸出は対米関係に限り許される。

3.02 GHQ案に沿った憲法草案が発表される。

3.04 米教育使節団が来日。

使節団はストダートを団長とする27名。1ヶ月の滞在中に関係各方面と接触

3.05 チャーチル(この時点ですでに首相ではない)、アメリカの大学で講演。「ヨーロッパ大陸に鉄のカーテンが降ろされた」と発言。

3月5日 第一次教育使節団が調査を開始。大和魂八紘一宇などの教化のための日本史、修身、地理などの教科を廃止し、教育委員会やPTAなど民主制教育を提案。

3.06 日本政府、憲法改正草案要綱を発表。マッカーサーは要綱に対する支持を表明。

3.09 都会地転入抑制緊急措置令公布.

3.11 GHQ、第一次農地改革は不完全と指摘する。

3.15 政府の農地改革案が不徹底だと判断したGHQ、農地改革案への評価を極東委員会対日理事会に委ねる。イギリスやソ連はさらに強固な改革を求める。

3.16 GHQ、日本製鉄など7大持株会社、139の子会社を制限会社に指定。

3.20 極東委員会、「日本憲法に関する政策」を採択。憲法制定に関して世論尊重を厳命する。

昭和21年4月

4.01 住友関係3社を資産処分制限会社に指定。

4.03 GHQ、、貿易庁設置に関する覚書を発表。貿易庁を対外貿易の専管政府機関に指定。

4.04 GHQ、持株会社整理委員会令を承認し、即日実行を指令。

4.05 連合国対日理事会(AJC)の第1回会合。最高司令官の諮問機関と位置づけられるが、マッカーサーはみずからが連合国の最高責任者であることを強調、対日理事会の権限が「助言」に限定されるべきと主張し関与を拒否。

4.10 新選挙法による総選挙.GHQは米占領軍に総選挙の監視を命令

4.17 政府,新憲法草案発表.実際にはGHQ草案を翻訳しただけのもの。

4.22 沖縄に琉球列島米民政府が創設される。

4.25 GHQ、三井系48社を宣言会社に追加指定。

昭和21年5月

5.03 A級戦犯28人に対する極東国際軍事裁判が開廷.48年11月12日結審。

5.04 GHQ、鳩山一郎(与党自由党の総裁)を公職追放。

5.06 フーバー特使が来日。食料輸入は日本再建の前提と声明。対日賠償問題に関わるポーレー特使は「食糧問題が先決」と声明。

5.07 「教職員の除去、就職禁止及復職等の件」 がポツダム勅令として公布され、軍国主義教師が排除される。

5.11 GHQ、保健及び厚生行政機構改正に関する指令。各都道府県に民生部・衛生部が設置される。

5.12 深刻化する食糧不足を背景に、皇居に米よこせデモが押し寄せる.マッカーサーは「暴民デモ」と非難.

5.15 第4回対日理事会か開かれる。米代表ショージ・アチソン、「共産主義を歓迎しない」と表明。

昭和21年6月

6.14 GHQ、米国からの穀類7万トン余りを日本政府に引渡。7月には小麦3万トンが追加される。

6.17 極東軍事裁判を担当するキーナン首席検事、ワシントンで記者会見。「政治的判断により、天皇を戦争犯罪人として裁判しない」と言明する。

6.17 極東委員会対日理事会、農地解放の一層の徹底化をGHQに勧告。GHQはこれを受け直ちに「第二次農地改革」案を政府に指示する。

保有限度以上の農地は政府が強制的に買収し、45年11月現在の小作人に優先的に売り渡される。また改革完了までの起源が2年に短縮された。在村地主の保有限度も1ヘクタールに縮小された。これにより自作農は28%から70%に増大するものと期待された。

6.21 ポーレー特使、「平和産業施設は残すが、日本を1928年の工業水準に戻す」と語る。

6.21 アメリカ、日本非武装化条約案を英ソ中に配布。

6.24 米国、ビキニで原爆実験を行う。

6.25 国際復興開発銀行(IBRD)が業務を開始。後の世銀。

6.28 IBRD、日本の綿業再開に向け11億円プラス運転資金6億円の融資を決定。

6.30 中国で国共会談が決裂し、全面内戦へ移行。

7月 パリで外相会議。日本非武装化条約案はソ連の反対で立ち消え。ソ連はドイツの非武装化にも反対した。

昭和21年8月

8.01 闇市の全国一斉取り締まり.

8.06 米英両国、対日講和条約共同草案の大綱を決定。単独講和の動きが始まる。

8.12 経済安定本部・物価庁発足.傾斜生産方式を導入。

8.14 GHQ、農地調整法再改正案・自作農創設特別措置法案(第二次農地改革法案)の政府案を了承。

8.30 GHQ、ララ救済物資の受領ならびに配分に関する覚書を発表。ララ物資による救援を開始。

8月 持株会社整理委員会が活動を開始。83社の持株会社を指定し、株式・社債を処分するよう指令。

9.30 GHQ、三井本社・三菱本社・安田保全社の三大財閥に解散命令。

昭和21年10月

10.01 生活保護法、民生委員令が成立。

10.08 文部省,教育勅語の奉読を廃止するよう指示.

10.21 農地改革諸法令(農地調整法改正・自作農創設特別措置法)などが公布される。第二次農地改革が実施される。

昭和21年11月

11.03 日本国憲法発布。(22.5.3施行)

11.06 GHQ、「隣組による神道の保証、支援に関する覚書」公布。「隣組」を利用した神社の寄付金集めを厳禁した。

11.16 「ポーレー最終報告」が発表される。日本国民の生活水準を、日本の侵略を受けたアジア諸国以下に留め、それを上回る設備・資産を賠償に振り向けるというもの。

11.26 会社証券保有制限令が発令。持株処分、企業間の役員兼任が禁止される。三井・岩崎など10大財閥の全資産を持株会社整理委員会に移管。10財閥の家族の資産が凍結される。

11.30 ミルク・衣類など「ララ物資」第1便450トンが横浜港に到着。

昭和21年12月

12.16 GHQ、国家予算の編成、実行、修正はGHQの許可を要すると指令。

12.17 生活権確保・吉田内閣打倒国民大会開催.50万人が参加。

12.18 ワシントンの極東委員会、日本の労働運動16原則を決定(占領目的を阻害する労働運動の禁止)

12.24 労働基準法が成立。