と、ここまでは梁さんの意見はまったく適切で何らの疑問の余地なく正しいのですが、以下のところがちょっと飲み込みにくくなります。

ところで、判決の要旨がネットで入手できなくなっています。京都新聞にかなり詳しい「要旨」が掲載されて、梁さんはそれを下敷きにして記事を書いているようなのですが、京都新聞のサイトではすでに日切れ抹消となっています。

朝日の要旨は簡略に過ぎて、問題の箇所が飛ばされています。全文のPDF(一部黒塗り)がアップされていますが、私の目にはちょっと長くてつらい。洪水のように関連記事はあるのに、日本のネット社会は底が薄いと思わざるを得ません。

梁さんによると、判決には以下のような記載があるようです。

(今回のケースは)個人に具体的な損害が生じていないにもかかわらず、人種差別行為がされたというだけ(のケースである可能性がある)

(今回のケースは)裁判所が、当該行為を民法709条の不法行為に該当するものと解釈し、行為者に対し、一定の集団に属する者への賠償金の支払を命じる(ケースである可能性がある)

このようなことは、不法行為に関する民法の解釈を逸脱しているといわざるを得ない。

(このようなことは)新たな立法なしには行うことはできないものと解される。

条約は憲法に優位にするものではない。(したがって)憲法が定める三権分立原則に照らしても許されないものといわざるを得ない。

これは判決の趣旨と真っ向から対立する記載です。もしこれが判決文の一部とすれば、これは自己反問ということになります。

これについて梁さんは下記のように説明しています。

と一見余事記載と思えるようなことをまるで司法試験の優秀答案かのように丁寧に噛み砕いて書いているあたりは、人種差別撤廃条約締約国としての義務履行に消極的な立法や行政に対する皮肉とも読めます。

この説明は合点がいきません。

とりあえず前に進みましょう。梁さんによれば日本は人種差別撤廃条約を全面受け入れしているわけではありません。むしろ肝心なところを骨抜きにした上で部分受け入れしているのです。ここがいろいろな問題の根っこにあります。

もちろん、日本は人種差別撤廃条約の締結時に4条(a)及び(b)を留保することで人種差別の犯罪化を避けているわけです。

人種差別撤廃条約第4条: 
(a)
人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

この留保は表現の自由(憲法21条)との整合性を理由にされることが多いようですが、ここは21条原理主義で思考停止に陥っているのではないかと思います。

ということで、判決の“自己反問”の部分はある意味では正しい判断とも言えるのです。すくなくとも“21条原理主義”とヤユして済む話ではないと思います。ある意味ではこの対立をスルーしながら人種差別を実効的に縛っていく道として、今回の判決が位置づけられるのではないでしょうか。

ただそうなると、いわば“姑息な手段”として思いついたのではないかという、別の悩ましい議論も出てきそうです。

ヨーロッパの多くの国では、ファシズムという思想そのものが禁止されています。それを前提として憲法が成り立っています。「思想の自由を認めないような思想」は認められないのです。人種差別禁止の考えも、その延長線上に位置づけられています。これに対して日本の憲法は原理的には一切の思想について寛容なのではないでしょうか。

この点に関して、対レイシスト行動集団 C.R.A.C.(Counter-Racist Action Collective)のページには下記の記載があり参考になります。

今回の民事判決が重要なのは、人種差別撤廃条約を直接の根拠として被告らの不法行為を「人種差別」と認定したことである。つまりこれは、刑事立法なしに、現状でヘイト・スピーチに対して、ヘイト・スピーチとして法的措置をとりうるということを示した画期的な判決だ。

日本でのヘイトスピーチの法規制に関しては、①ヨーロッパのように刑事罰を科す法律を制定するか、②アメリカのように犯罪がヘイト・クライムであっ た場合に刑事罰を加重するか、あるいは③刑事立法を行わず、現行法のままで民事による救済措置で対応するかという、おおまかにわけて3つの方向性が論じら れていた。

言うまでもなく、今回の京都地裁判決は③の可能性を大きく広げるものだ。ここで示された原則は当然ながら街頭デモやネット上の差別書き込みにも適用しうるのであり、今後のヘイト・スピーチ抑制に重要な役割を果たすことになるだろう。