2000年 世界銀行、マラウイの対外債務の50%をキャンセルすると発表。

2002年 バキリ・ムルジ、大統領任期に関する憲法改正を試みるが、市民の反対により失敗。

2002年2月末 食糧不足による災害事態を宣言。500名以上が餓死する。政府は誤った処置と腐敗を通して危機を悪化させたとして非難される。
 

マラウイで必要な食糧は年間約247万トン。それに対して、国内で生産された食糧は177万トン、備蓄食糧3万トンとなり絶対的な不足。
AIDSが働き手の命を奪い、肥料投入を行わないため地力が低下、民間業者の参入を奨励することで価格の不安定化を招いている。
さらにIMFは備蓄食糧を売却し債務を返済するよう要求した(IMFは備蓄食糧の全売却を要求したという事実はなく、16.5万トンから6万トンに減らすよう要求したにすぎないと弁明)。
売却された備蓄食糧を買い取った民間業者(政治家所有)は値段をつりあげ、暴利をむさぼった。(
小林 由季さんのブログ)

2002年9月 マラウィ中心部とモザンビークのNacalaの港を結ぶ鉄道が20年ぶりに再開され、インド洋へのアクセスが拡充する。

2004年5月20日 総選挙が施行される。バキリ・ムルジの後継者でUDFのビング・ワ・ムタリカ(Bingu wa Mutharika)が大統領に就任。議会ではマラウイ会議党が第一党となる。

2005年1月 UDF幹部3人が反逆罪で逮捕される。Mutharika.大統領との会談へ銃を持ち込んだとされる。その後3人は恩赦を与えられる。

2005年2月5日 政治腐敗をめぐって追い詰められたムタリカは、統一民主戦線を離党し、新たに民主進歩党を結成する。ムタリカは「UDFが反腐敗キャンペーンに敵意を示したため」と説明する。

2005年6月 Mutharika大統領は、UDFのムタリカ弾劾運動の抑えこみに成功。

2005 11月 マラウィ政府、旱魃により500万人が食物援助を必要としていると発表。

2006 4月 Cassim Chilumpha副大統領が反逆罪で逮捕される。

2006 7月 前大統領Bakili Muluzi、贈収賄容疑で逮捕される。

2006 10月 アメリカの歌手マドンナ、論争の末にマラウィ人幼児の養育権を獲得。

2007 5月 マラウイ、昨年度の豊作を背景にトウモロコシ40万トンをジンバブエに輸出。

2008 1月 マラウイ、台湾との国交を断絶し中国との国交樹立。

2008 5月 ムタリカ、前公安責任者をふくむ数人を逮捕。ムルシ前大統領に従いムタリカ追放を計ったとされる。

2009年5月19日 総選挙。ムタリカが3分の2近い支持を得て再選された。与党の民主進歩党も過半数を単独で獲得。副大統領にはジョイス・バンダ(女性)が就任。

2010年3月 ムタリカ大統領、14人乗りの政府専用ジェット機を購入。購入費用は1326万ドル、維持管理費や保険などで年間30万ドルとされる。ムタリカは議会の承認をえないまま購入を決定。英国は、援助金を440万ドル削減することで応える。

2010 5月 反ホモセクシャル法に基づき、ゲイのカップルに有罪判決。国際的非難が高まる。

マラウィでは、成人の10%がHIV に感染していると推測されており、新規HIV感染者数は毎年約7万人に上っている。世界エイズ・結核・マラリア対策基金が資金援助することにより成り立っている。

2010 10月 マラウイとモザンビーク海岸を接続する新しい水路をめぐり、モザンビークとの外交論争。モザンビークは 新ルートに最初のはしけを投入する。

2011 5月 政府、英国大使を追放。理由は大使の発した「ムタリカ大統領はますます独裁化している」との外交電文が漏洩したためとされる。

2011年6月 ムタリカ政権、パン、肉、ミルク、乳製品を対象とした16.5%の付加価値税を導入する。メイズ価格は昨年2倍に高騰する。

7月 マラウィ全土で空前規模の反ムタリカ抗議運動が起こる。当局の弾圧により21人(BBCによれば19人)が死亡、275人が逮捕される。バンダ副大統領は抗議運動を支持し、ムタリカと離反。

7月 英国は「経済政策の失策を繰り返し、人権保護を軽視している」としてマラウィ政府を非難。マラウイ向けの全ての援助を停止する。

9月 ムタリカ、バンダ副大統領を与党から追放。政権からも排除。バンダは人民党を立ち上げる一方で選挙を経て選ばれた副大統領の職は保持し続ける。

2012年4月7日 ビング・ワ・ムタリカが心臓発作で死亡。副大統領のジョイス・バンダ(人民党)が大統領に昇格する。

バンダは、これまでのキャリアの大半を女性の権利と経済的エンパワーメントの向上のために尽力してきたとされる。

4月 バンダの大統領就任式。「復讐などおこなっている時ではない。マラウィは一つの国として前に進まなければならない」と語る。大統領の給与を30%減額、閣僚用のベンツ35台を売却する方針を明らかにする。

4月 英国は、ムタリカ政権の任期中に凍結されていた金銭的な支援を解禁した。

5月 マラウイ政府、14人乗りの政府専用ジェット機を売却し、代金1500万ドルをトウモコロシやマメ科の穀物などの購入費として充当すると発表。

5月 バンダ大統領、IMFの要請に沿い、通貨クワチャ(kwacha)の1/3減価に踏み切る。国内で恐慌買いを引き起こす。

5月 バンダ大統領は、米国歌手マドンナとの会見を拒否。

バンダの言い分: 「親切とはそもそも無償で、匿名で行われるものだ。それが無償でもなく、黙って行われるものでないのなら、それは何か別のものだ。一番近いものは脅迫だろう」と語る。一説ではマドンナがバンダの妹を解雇したことに対する意趣返しともいわれる。

2012 10月 マラウィ、タンザニアとの国境係争地帯の解決をAUに要請。この地帯は石油と天然ガスが豊富に埋蔵されている。

2013年3月 故ムタリカ大統領の弟ピーター・ムタリカら12名、ジョイス・バナの大統領就任を妨害したとして反逆罪で告訴される。

主として

 African History About.com

による。

 BBC News - Malawi profile

ウィキペディア 「マラウィの歴史」も参照した。

小林 由季さんのブログが飢餓と貧困の原因をわかりやすく解説してくれている。