中国の外交路線を勉強している最中に、浅井基文さんの講演があるというので聞きに行った。
講演といっても、反核医師の会のシンポジウムでシンポジストの一員として30分しゃべるだけという制約のもとでの講演。
かなりの分量のレジメの1/3も喋っていないと思う。
それでもかなり刺激的、快刀乱麻というか斬りまくる。

元外務省高官がいろいろしゃべっていることについても、「私は喧嘩別れしたんだけど、あの人達は所詮退職後の人でしょう。安保肯定派じゃないかな」とバッサリ。

その辺りまでは良かったが、ポツダム宣言を受け入れたのだから、領土問題は消失しているのだというあたりは、さすがに言いすぎ。
この論理で行くと、沖縄も中国が主張すれば中国領ということになる。

ポツダム宣言が日本国憲法のバックボーンというのは、たしかに一面を衝いている
が、
だから憲法を改正することはポツダム宣言を破棄することになる。
だから、国際法上不可能だ、というのは受け入れがたい。

ポツダム宣言は、世界の反ファシズム運動の一つの到達点であり、民主主義の秩序を世界に「押し付ける」宣言である。
その限りにおいて、それは「国際正義の宣言」なのだ。

とは言え、それはカイロ、テヘラン、ヤルタと続く交渉で明らかにされているように、戦後世界の再分割という側面も持つ。連合国を構成する各国の野心や復讐心もないまぜになっている。

連合国と日本政府という関係で見れば、ポツダム宣言の受諾=無条件降伏という事実は厳然としてある。しかし日本の民衆をして主権を行使し、平和の国を作らしむるべく発せられたこの宣言の精神は、たんなる戦後処理に終わるものではない。

ポツダム宣言は正義の発揚であると同時に、日本国民に対し正義を促す勧告でもある。

ここにポツダム宣言の本質があると思う。天皇と大日本帝国政府には一切の発言権はないが、国民主権の下国土の再建に乗り出した日本国民(人民というべきか)には、ポツダム宣言の本質的精神に則っている限り、大いに発言権がある。

領土問題についても、そこはしっかりと押さえておくべきだろう。