ド・ゴール派の論客ドビルパン(シラク政権時の外相)がフィガロ紙で武力介入を批判している。

少し長いが、独特の雰囲気を伝えるために、そのまま引用する。

罰する?

それは軍ではなく、国際法廷が果たすべきことだ。

我々の良心を安堵させる?

市民の状況がさらに悪化する危険があるのに、そのような危険を顧みずに介入するのは破廉恥であろう。

体制の変革か?

それはシリア自身が決めることであって、我々が決めることではない。信頼できる代替勢力が存在していないならなおさらのことだ。

我が西側の中東戦略は、武力の有効性という幻想に基づいているが、それはいまや袋小路にはまっている。

この発言の二番目のポイントが多分一番重要なことだろう。「破廉恥」という表現には、たぶん強烈な反論もあるだろうが、やはりここを落としてはならないと痛感する。

我々には苛立ちがある。民主化をもとめて立ち上がった人々が大量に殺され、シリアが内戦状態に入り、100万人もの人が難民となってさまよい続けている。

それに対して国際社会は拱手傍観してきた。そしてその挙句に化学兵器だ、ということになると、何かをしなければならないという気になる。

ドビルパンはその「良心 」の甘さを鋭く衝いているのだ。