東京外国語大学のサイトに「日本語で読む中東メディア」というページがあって、フレッシュなニュースを紹介してくれている。

そのなかでもこの記事はとびきりフレッシュだ。なにせ今日付けだ。まだ湯気が出ている。翻訳者の八木久美子さんに感謝したい。

エジプトの同胞団にはどんな未来があるのか

2013年08月24日付 al-Hayat紙

【カイロ:アフマド・ザーイド】

以下要点を抜書きする。

ムスリム同胞団の未来を占うためには、まずその歴史を見ることが必要だ。

同胞団の歴史はその根底において危機の歴史で ある。1948年の王政時代の最初の危機、1954年の革命政権との危機、ムバーラク政権との長い闘争などすべてそうだ。

しかし現在の同胞団の危機は、その中でも最も厳しく困難なものだ。

なぜならまず、現在の危機は他者によって加えられたものではなく、同胞団自身が招いた危機だからだ。

モルシの当選後、同胞団は司法・公安・治安など国家の強大な諸機関において力を拡大した。そして「国家の同胞団化」により社会を支配しようとした。

彼らは社会の分裂を歓迎した。柔軟性の片鱗も見せることなく、合意やコンセンサスの実現を蔑視した。

これが最近1年間の「精神的指導者の統治」と呼ばれた期間の特徴であった。

現在の危機は、すでに同胞団と政府のあいだの衝突ではなくなっている。それは一方における同胞団とジハード集団の同盟、もう一方における一般社会および国家という対立になっている。

この対立構造は、すでに同胞団が権力の座にあった時からそうだったのだが、彼らが権力から転落した後、ますますその姿を明らかにした。

権力を失った後に彼らが見せた行動は、この闘いを何倍も激しいものにしている。その象徴がコプト教徒への迫害である。同胞団はコプト教徒を暴力行為の標的にした。

同胞団は、国民革命の行方に心穏やかでなかった米国と欧州連合を巻き込んだ。そして米国に忠実に追随するトルコとカタール(アル・ジャジーラを指すのであろう)をも巻き込んでいる。

8月14日に座り込みの排除が行なわれた。すでに同胞団は一般社会及び国家と真っ向から対決する決意を固め、そのために暴力という手段に訴えることを決意していた。

彼らはいかなる譲歩をする能力もない。彼らのスローガンは血に染まっている。「一人殺せ、いや百人殺せ」と人殺しを呼びかけている。

こうして危機はさらに厳しい状況になっている。

かつて人々がこの国の指導を任せた集団と、国民とのあいだに、予期せぬ、劇的な展開が次々と起こってきた。

“同胞団の指導は失敗であった”、と人々のあいだで意見が一致した。そして国民と軍が指導者の権利をはく奪した。これが6月末から7月初めにかけての一連の出来事の本質である。

それに対して、彼らはすぐさま反応した。そしてこの国と人々を焼き尽くし始めたのである。


なかなか難しい文章であるが、おおむね私の感想と一致している。

注目すべきは“国民革命の行方に心穏やかでなかった米国と欧州連合”という記述である。トルコもイスラム政党が政権を握る国というのではなく、米国に忠実な国として描かれている。

分かりやすいのは、イスラエルとその同盟者であるアメリカのマスコミだ。彼らは中東諸国で紛争が起きれば“愚かな方”を選ぶ。①愚かな方が御しやすい、②愚かな方が頑張れば紛争が長引く、しかし彼らが勝つことはない、③中東全体を愚かに見せることができる、からだ。

昔のトロツキスト(正確に言えば旧ブント)に対する“泳がせ政策”と同じだ。だから彼らは実は原理派が大好きだ。