「はだしのゲン」問題 落穂ひろい

東洋経済オンライン 8月18日

ムーギー・キム さんというカリスマ「プライベートエクイティ投資家」が寄稿している。

なに、ついに「はだしのゲン」が禁止される時代が来たか・・・。

これは「教育委員会、何やっとるねん!」ですむ問題ではなく、その背景に根深い現代社会の“言論の不自由”という問題点がある。

という書き出しで始まる、かなり長文のレビューである。非常に面白いので、ぜひ参照していただきたい。


中国新聞 8月18日号

17日までに全国から281件の意見が電話やメールで市教委に寄せられたことが分かった。

市教委側は部課長級計3人が対応。

▽「はだしのゲン」(汐文社発行、全10巻)6~10巻に、中国大陸での旧日本軍の行動を描いた場面など一部に暴力的な描 写がある

▽学校図書館では、その描写が子どもの目に触れる

校長の許可があれば貸し出せるため、閲覧禁止ではない―などと説明を繰り返した。


この回答にはかなりの疑問がある。

6~10巻に問題があるとしながら、閲覧禁止は全巻だ。

「校長の許可」が必要というのは、貸出禁止と同じことだ。校長に貸出許可をもとめるのは、「私が犯人です」と自首するようなものだ。

ということで、教育委員会の対応は火に油を注いでいるようなものだ。


中国新聞 8月19日

市教委が「ゲン」の学校図書館からの撤去を事前に有識者と相談し、「図書館の自由に基づけば不適切」と指摘されていた。

市教委によると、担当者が昨年11月12日、図書館学を専門とする島根県内の短大講師と面会。日本図書館協会が図書館運営の基本を定めた「図書館の自由宣言」で、図書館に資料の収集、提供の自由が保障されている趣旨から「撤去は不適切」とされたという。

専門家の指摘と協議の結果、「閲覧や貸し出しの全面禁止でなければ、図書館の自由を侵さない」と独自に判断し、閲覧制限を要請したという。

また同10月には図書館を持つ市内の49小中学校に「ゲン」の保有状況と描写への意見を聞くアンケートを発送。同月末までに描写への賛否が寄せられたという。


「はだしのゲン、自由に読ませて」電子署名2日で6千人(朝日新聞18日) 

というから、ネットの世界の反応の速さには驚く。最もこの腰の軽さが、足腰の弱さなのだが…


「日本図書館協会・図書館の自由委員会」の西河内靖泰委員長の話が掲載されている。(朝日新聞16日)

1.「はだしのゲン」は、1975年以降、全国の学校図書館で口コミで平和教材として受け入れられていった。

2.ゲンで初めて原爆や戦争の悲惨さを知った子どもは数多い。

3.一部の描写が残酷という指摘は以前からあったが、原爆や戦争の実相を伝えるために必要な表現との評価が確立している。

4.こうした作品を閲覧制限するのは、国連で採択された「子どもの権利条約」にある子どもの情報へのアクセス権の侵害にあたる。


と述べているが、3.と4.については逆の権威主義の臭いがして好きではない。いかにも朝日新聞好みの表現だ。

肝腎なのは1.と2.だ。無害でかつ有益であったことが、実績で証明されているということだ。


次はちょっといい話。

麦のように:「はだしのゲン」40年/上 踏まれても真っすぐに 「生き方」受け継ぐ子どもたち

毎日新聞 2013年05月28日 大阪朝刊

佛圓校長は、20代のころ「ゲン」に魅せられた。

教室にゲンの単行本を置き、子どもたちに自由に読ませた。生々しい描写もあるが、子どもたちは次々にゲンに手を伸ばした。

 そうした子どもたちの中に、阪神タイガースで活躍する新井貴浩選手の姿もあった。東日本大震災の被災者支援に力を傾け、スランプの度に必死にはい上がる新井選手の姿に、佛圓校長は「新井君の反骨心や人への優しさ は、ゲンから学んだのではないかと思う」と話す。

新井選手は「ゲンは中沢先生の情熱が詰まった作品。子どものころは率直に言って怖かったが、こういった悲 惨なことから目を背けてはいけないんだと、子ども心にも思った」と振り返る。


今回の事件で圧倒的に力が入っているのは毎日新聞だ。社説にも掲げた。

社説:はだしのゲン 戦争知る貴重な作品だ

さすがに要点をしっかりまとめ、勘所を抑えていると感心した。

1.教育委員会のあり方の原則に背馳

戦争の恐ろしさを知り、平和の尊さを学ぶことは教育の中でも非常に重要な要素だ。平和教育を推進すべき教育委員会がそれを閉ざす対応をとったことには問題 があり、撤回すべきだ。

2.システムにおける民主主義の劣化

また、今回の措置は教育委員が出席する会議には報告していないというが、学校現場の校長らも含めてしっかり議論すべきだろう。

3.管理でなく子供への信頼を

作品に残酷な描写があるのは、戦争や原爆そのものが残酷であり、それを表現しているからだ。行き過ぎた規制は表現の自由を侵す恐れがあるだけでなく、子供たちが考える機会を奪うことにもなる。今回のような規制が前例となってはならない。