資本論第3部の斜め読み その3


第6章 価格変動の影響

このあたりはかなり飛ばしていく。付き合っては居られない。

第一節 原料の価格変動 それが直接に利潤率に及ぼす影響

前半部は、物的コストが固定資本部分と原料・燃料その他の可変部門に分けられ、可変部分のコストが利潤率にもろに影響すると述べている。マルクスはその重要性をさかんに強調しているが、別にそれ程のこととも思えない。

ただ、だいじなのは機械が高性能になると、一つの商品の機械の摩耗分は減り、労働量も減るということである。そして、このことが材料の価格の上下による景気への影響を大きくするということである。

原料価格の騰貴が再生産過程全体を縮小したり妨害したりすることがある。商品の販売から得られる価格が商品の全要素を補填するには足りなくなる。そのため制限稼働を余儀なくされる。

第二節 資本の増価と減価 資本の解放と拘束

何やら訳のわからぬ見出しである。しかも冒頭に、

その十分な展開のためには、信用制度と世界市場での競争を前提とする とか、

この世界市場こそは一般に資本主義的生産様式の基礎をなし、その生活環境をなしている とか、大げさな文章がくっついている。

嫌な予感だ。

難しく書いてあるが、販売によって得た売り上げのうち再生産に回さなければならない部分のことが資本の拘束(部分)であり、純利益として計上できる部分が資本の解放(部分)である。

ところが資本というのは流通過程から引き上げた現金部分のほかに、原材料部分、前渡し賃金部分、ストックされた商品部分、施設部分に変えられた形で存在している。それらの部門がそれぞれに、外部の事情で価格が上がったり下がったりするごとに、資本の増価や減価をもたらすのである。そうすると、資本の中の拘束される部分と解放される部分との比率が変化する。それだけの話だ。

ということで、具体的な話に入る。ここは飛ばすことにする。飛ばす理由は難しいからである。


ただ、第二節の最後にもふたたび原料価格の問題が強調されている。

現代に近づけば近づくほど、決定的な産業部門では、ますます規則的に、有機的自然から借りてきた原料の相対的騰貴とその後の減価が繰り返される。

これは固定資本が低減される傾向を持ち、人件費も相対的には調整可能な領域であり、恣意的に下げることが可能になるにつれ、ますます原料価格が資本家のアキレス腱となることを示している。

生産が社会化されるほど、エネルギー・鉱業生産・農産物などの資源問題が、相対的に不安定さが増す分野となる。

マルクスはそのことを強調している。そしてその例証として61年に始まる「綿花恐慌」をあげる。これが第三節になる。