2,3年前までは、シューマンのピアノ曲をまともな音で聞けるなどということはありえなかった。
最近は随分と良い音源も出回ってきて、一通り聴くぶんには不足ない。
しかし未だ、なかなか、これはという演奏には出会えないのも事実である。音質が一応満足行くものになると、今度は中身をもとめたくなるものだから、贅沢というのは計り知れない。
シューマンに何をもとめるかというのもひとつの問題だろう。シューマンからリスト、初期ブラームスへと続く流れは、超絶技巧的なものであり、とにかくすべての音をきっちり出してピアノの箱全体を鳴らすようなスタイルである。
もう一つは楽譜から美しい旋律を引き出して、シューベルトやメンデルスゾーンのように音楽を紡ぎだすスタイルである。
私が最初に買ったのがリヒテルの幻想小曲集とクライスレリアーナのカップリングだったから、どうしても前者の演奏スタイルを求める傾向が強かった。
しかしレーヌ・ジャノリの演奏を聞いて、すっかり印象が変わってしまった。
以前アメリカの女流ピアニストの演奏を聞いてリストへの印象が変わったのと同じ経験である。

レーヌ・ジャノリはフランスの女流ピアニスト。1915年の生まれで1980年頃に亡くなったらしい。
まったくの初耳だったが、戦後のウェストミンスター盤の看板の一人だったらしい。その頃、かなりまとまった数のモーツァルトのピアノ曲を録音しているようである。
そのうちの幾つかがYouTubeで聞けるが、癖のない、やや緊張感の薄い演奏である。
バッハもかなり録音しているが、こちらは正直もの足りない。ミラン・ホルヴァート指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団との共演でメンデルスゾーンのピアノ協奏曲を入れていて、こちらは名演である。ただし名演なのはホルヴァートの方かもしれない。
おそらくウェストミンスターの凋落とともに録音機会も減ったのだろう、60年代には世界のミュージック・シーンからは姿を消していた。
ただし、YouTubeには67年の録音リハーサルの模様がかなりの長時間にわたりアップされている。フランソワーズ・サガンみたいな髪型で、すっぴん。色気も何もない、ただのおばさんである。
そんな彼女が、何故か死の直前になって、シューマンを大量に録音した。その多くがYouTubeにアップされている。LP最後期のもので音質は良い。アップロードも最近のもので、目立った劣化はない。
演奏はメロディーラインがくっきりと浮かび上がって、リズムが崩れない、聴きやすい演奏である。晩年とはいえ、60歳前後であり、テクニックにも破綻はない。
私の愛聴盤になりそうだ。