赤旗もさすがに音を上げたようだ。

先日小泉記者が、エジプト民衆の現場の声を色濃く反映したレポートを出した。
「いろいろあるが、運動の現場ではモルシを退陣に追い込んだのは民衆の力であり、軍事クーデターによる政権転覆とはいえない」
というのが現場の声であろう。

ただ、多少引いた所で眺めると、「モルシを退陣に追い込んだのは民衆の力であるが、問題もいろいろあるんじゃない?」と考えるのも、もっともである。

さはさりながら、このままの形で運動が収斂してしまえば、残るのはまごうことなきクーデターと、軍の権力回復という事態であり、民衆の運動は簒奪されたことになる。
それでは軍の権力掌握を否定して、もう一度モルシ体制を復活させようということになるのかというと、それでは民衆の方で黙ってはいないだろう。

ということで、25日の紙面は「激動エジプト 識者に聞く」という見出しで、完全イーブンの二つの談話。

一人は千葉大学教授の栗田さん。この談話の見出しは「国民の巨大な運動が政権崩壊に追い込んだ」

最初の段落を書き出すと、

モルシ政権の崩壊は若者グループの運動や、「救国戦線」に結集した諸政党など、国民的運動の成果です。
結果的に群が大統領を解任し、政権移行過程を管理する行動に出たので、欧米等のマスコミは「軍事クーデター」として描いていますが、国民の巨大な運動が政権を崩壊に追い込んだと見るべきです。


栗田さんの談話の特徴は、民衆が自らの手で勝ち取った立憲・民主制を一時サスペンドする道を選択した、それほどまでに強いモルシ政権への怒りをまず理解した上で発言すべきだ、という政治のダイナミクスの重視です。

もう一人は東大教授の長沢さん。こちらの見出しは「軍の思惑をはらんだ“性急なクーデター”

モルシ大統領を退陣させた軍の行動は、多くの国民が歓迎したとはいえ、“性急なクーデター”だったのではないかと考えます。モルシ退陣を求める2300万人の署名をテコに事態の収拾を図ることは可能でした。

ということで、両論をすりあわせながら今後を見て行かなければならないのであろう。

ことの是非は別として2つのことが確認される。まず、軍の行動は民衆の考えとは違う戦略に基づいているということを確認し、覚悟しておくべきだということ。
もう一つは、モルシの全面復権はありえないということだ。したがってそこには立憲制の断絶が生ぜざるをえないということだ。政権移行の合憲性は、何らかの形で担保されなければならないということだ。

長沢さんはそれが「憲法改正をめぐる闘争」になるだろうと予想している。
そして、その憲法に民主主義、人権、文民統制、地方自治の精神を盛り込むことにより、非平和的政権移行の可能性を封じ込めることが、軍事独裁の再現を許さず、非宗教支配(secularism)をつらぬくための保障となるだろうと見ている。

実践的には、たしかにこのへんが落とし所になるのではないだろうか。

私はメキシコ革命を思い起こしている。1912年に始まった革命は、反革命や、裏切りや妥協を織り交ぜながら6年間続いた。ありとあらゆる人々がありとあらゆる党派に属し、相互に「武器による批判」を繰り返した。

そして皆が疲れ果てたとき、1917年憲法が発せられ、革命は落ち着くところに落ち着いた。
そこが革命が始まる前より、はるかに進んだ地平であったことは間違いない。なぜなら殆どの人々が前進を欲していたからだ。