宗派の全国分布を見ていて気になったのは、何故禅宗がこんなにも多いのかということである。

ところが、ネットを見ても満足の行く説明はない。

むしろ禅宗の教えがさも高尚で、武士道の精神に則ったものだという説明ばかりだ。そんな宗教が堂々の全国第二位になるわけがないのだが、シェア拡大の秘訣を語るページが見当たらない。

かろうじて、本の内容を紹介した一文を見つけた。

駒沢大学の広瀬先生のページ

廣瀬良弘『禅宗地方展開史の研究』(吉川弘文館、1988年)という本の紹介だ。

これによると、

①曹洞宗の室町・戦国時代の展開では、(1)在地領主連合関係、(2)一族関係、(3)主従関係に沿って展開した。

②時代が降ると壇越は小規模化し、禅僧たちは地域の神に戒を授け、自らの弟子とするという神人化度の説話を生み、地域の神を取り込み、温泉場開発など地域での祈祷・法要により、受容されていった。

③15世紀前半以降は、禅僧の語録の中で葬祭に関するものがほとんどを占めるようになった。

④15世紀後半には、すでに、盛んに授戒会が行われ、これも在地武士のみならず、農民・諸職人から下人まで、一度に50人、60人に戒を授けている。

⑤このような禅僧の問答・法要儀式などの活動を支えたのは、抄物・切紙の授受であった。

こうして曹洞禅宗は、浄土系宗派や真言宗などと競合しながら、上層農民等の民衆にも受容され、とくに東日本の後進農村地帯や、やや山間部に展開していった。


というわけで、戦国の世が終わるころは、食い詰めた末端の坊主が地方に入り込んで、詐欺まがいの手法で信者を駆り集めたようだ。

禅宗というのは良くも悪くもソフィストだから、相手をけむにまくのはお手のものだったのかもしれない。

たしかに静岡はだまされやすい県民性だ。