山形県南陽市に“めい”さんという人がいてブログを開設している。

何か想像を絶する人で、戦後2年目に生まれたというから、私より一つ若い計算だが、「なんとか戦争を避けること、それが陛下の大御心に叶うことだと、このごろ切に思わされます」という記事があって、レトリックだと思ったらかなり真面目なんですね。

(それが)安倍首相再登板評価に対しての率直な私の反応だった。

今から11年前、「新しい歴史教科 書をつくる会」山形県支部の会合を毎週水曜日開催し、語り合っていた時代、あの9.11が起こり、イラク戦争が始まった。そして自衛隊派遣へ。まわりのほとんどがその動きに同調した。「つくる会」に対して明確な異和を感じるはじまりだったと思う。

という文章は、かなり想像を絶するものがある。

その人の別の文章で、「徳洲会の正念場。「正しさ」につけ! 徳田虎雄」という記事がある。

書き出しにはこうある。

今から32年 前、われわれが徳田理事長に出会うちょうどその前ごろ、能宗さんがハワイの女性院長さんの紹介で理事長秘書になったのだった。理事長のすべてを理解した上で、理事長に欠けているところのすべてを補いながら、理事長の思いを現実化する上で最高の補佐役だったと思う。事務総長就任を知ったとき、徳田理念の継承 はこれで大丈夫と思ったものだった。

ということで、相当、徳洲会の奥の院にはまりこんでいるようだ。そして、徳洲会をめぐるスキャンダルでズタズタにされているようだ。

それで、どうしてこのブログを紹介するかというと、私の文章が全文引用されているのである。

2013.2.14 の記事 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=4762196

徳洲会: 民医連との決定的な差は医師の位置づけ」である。

全文引用した上で、「医療現場がわかる方の考えのようです。最後の提言はなるほどと思いました」とコメントしている。

最後のコメントというのはおそらく下記の部分だろうと思う。

もし徳洲会が再生を試みるのであれば、まずは誤った社会変革の理論を再検討して、「本当に患者の立場にたった医療を実現するためにはどうしたら良いのだろう」ということを、ゼロベースで見直すことが必要だろう。

それと同時に重要なことは、残された医師たちが当面する困難に対して主体的かつ集団的に立ち向かっていく構えを形成することだろう。

もう一つ、これはちょっと生臭い話になるが、徳田一族から経営本体を取り上げることだ。そして全面的な集団所有に切り替えることだ。

誉められたのは嬉しいが、何かとても不思議な気分である。