日中歴史共同研究については、外務省のホームページに概要が載せられている。



(1)2005年4月の日中外相会談において、町村外務大臣(当時)より日中歴史共同研究を提案、翌5月の日中外相会談において、詳細は事務当局間で議論していくことで一致。

(2)2006年10月の安倍総理大臣(当時)訪中の際、日中首脳会談において、日中有識者による歴史共同研究を年内に立ち上げることで一致。同年11月、APEC閣僚会議の際の日中外相会談において、歴史共同研究の実施枠組みについて合意(別添参照)。

(3)2006年12月26-27日に北京で第1回全体会合、2007年3月19-20日に東京で第2回全体会合、2008年1月5-6日に北京で第3回全体会合を開催。研究成果をとりまとめる予定。

(4)2008年5月、胡錦濤国家主席訪日時に、首脳間で歴史共同研究の果たす役割を高く評価するとともに、今後も継続していくことで一致。

(5)2009年12月、第4回全体会合(最終会合)を実施し、今期の歴史共同研究は終了。会合では研究成果の発表方法(自国語論文を2010年1月中に、翻訳版をその後数ヶ月以内に発表)につき一致するとともに、その一部を発表した。

これを見ると、この研究発表はかなり公的な色彩の強いものであり、半ば政府間の覚書といっても良い性格を持っていることが分かる。
しかもこの共同研究は時の第一次安倍内閣の発議にて開始されたものであり、中国や民主党や鳩山のやったことではない。当事者としての責任は重いのだ。

こんな文書などなきがごとき安倍首相の発言は、政治家としての誠意を疑わせるものがある。