いろいろ各紙の論評をみてみる。
都議選の時は共産党の躍進をひたすら黙殺していたが、今度はさすがにそうはいかなかったようだ。またも擦り切れたレコードのように同じ台詞を繰り返すようではジャーナリストの名がすたる。
そこで、
*自公圧勝
*ねじれ解消
とここまでは良いのだが、
*民主惨敗
がもはや見出しにならない。民主はもはや政党の体をなしていないからだ。
代わりの3本めの見出しは
*みんな・維新の伸び悩み
ということになる。
すると、そこまで書いて共産党の躍進を見出しに入れないのは、あまりにも異様だ。
ということで、三本目の見出しをどうするかは、各紙とも苦労したと思う。

ただ、私が編集長ならこの3本見出しにするだろう
*自公圧勝
*民主惨敗
*2大政党制の終焉か
これなら、共産党という言葉を入れずに済むし、ある意味事柄の本質を衝いているからだ。

私は、二大政党体制の崩壊は米日支配層の大変な戦略的失敗だったと思う。
民主党を二大政党の一方の柱となるよう育成してきたのはほかならぬ米日支配層だったはずだ。そう簡単にはできるものではない。政権政党に育て上げるために10年以上の歳月を要したはずだ。

“安定”した政治支配のために、小選挙区制と二大政党制は車の両輪だ。2つでワンセットだ。この間の政局を見ても、小選挙区制がいかに諸刃の刃となり、いかに地滑り的な権力の移動をもたらすかは肝に銘じているはずだ。

それを考えれば、二大政党制(より望むらくは1.5大政党制)は安定的支配のための絶対条件なのだ。

それなのに、支配層は鳩山・小沢の二人を党中央から引き剥がし、連合の息のかかる菅、さらには隠れ右翼の野田にすげ替え、みずからの路線を押し付けた。気に入らなければ現職首相でも馬鹿呼ばわりし、マニフェストを根こそぎひっくり返した。

民主党は自壊したのでなく、生みの母である米日支配層によってぶっ壊されたのである。

共産党を先頭とする革新勢力は、最初は1980年の社公合意によって排除され、ついで小選挙区制により追い込まれた。そして二大政党制という檻の中に囲い込まれ、国民から遠ざけられた。

二大政党制の崩壊ということは、この檻が消滅したことを意味する。それは小選挙区制のもとで、民主党が地滑り的勝利を遂げたように、革新統一勢力が大勝利し支配勢力が惨敗する可能性を、理論的には生み出したことになる。

それは二大政党体制を作り上げた支配層主流と、それを破壊した経団連・経済同友会の過激派、今井敬氏の言う「国賊路線」との矛盾をも激化させる可能性がある。

東京都議選と参議院選挙を見るとき、ここを最大のポイントとして押さえるべきではないだろうか。