エジプトによる権力交代をどう見るかは、形式的な面からだけでは判断できない。
形式論理から言えばクーデターそのものではあるが、その土台にあるものはモルシ独裁政権に対する民衆の激しい抗議であり、民意は一刻も早い政権交代にあった。
軍が介入しなかったとしてもモルシ政権は崩壊していただろう。

ここを基本として見るなら、この民衆の怒りを背景にした軍の介入といえるだろう。民衆が主役であり、軍は主役ではない。

小泉特派員は以下のように書いている。
①軍の超法規的措置が情勢を混乱させ、今後の国民的和解に向けて重大な否定的影響をもたらしていることは疑いない。
②しかし、少なくとも多くの国民は今回の事態を「クーデター」と呼ぶことを強く否定している。「国民の闘いが歴史を動かした」と感じている。

結局この②の評価が決め手になるのだろうし、権力の移行の形態をもってその本質の評価に変えてはならない。

その上で、軍が乗り出してきた目論見については、事実に即した分析がもとめられることになるだろう。

大統領選挙で見た範囲では、エジプトの力関係は三すくみ状態にある。軍、イスラム同胞団、そして民衆である。

革命を成功させたのは民衆であるが、統一勢力を未だ形成しえていない。軍は企業を巻き込み、旧ムバラク派も取り込みながら勢力拡大を狙っている。

アメリカはクーデターを激しく非難するかのようなポーズをとっているが、実は軍の最大のスポンサーである。

同胞団は、大統領選挙で民衆の代表であるかのようなマヌーバー作戦をとることにより、民衆の支持をとり込み勝利した。

今後、同胞団の出方により情勢はきわめて流動的なものとなるだろう。しかし彼らへの反感がこれほどまでに高まれば、シリアのような事態に発展する可能性は低いと考えて良いのではないだろうか。