学会に行っても講演の記憶はサッパリ残っていないが、古本屋と飲み屋の思い出だけはいつまでも尾を引くものだ。
とくに古本屋で掘り出し物を見つけた時の思い出と、飲み屋の主と意気投合した時の思い出は、突然フラッシュバックしてくる。

今は見る影もないが、昭和50年代には新京極通の一本西側の通りにも古本屋が並んでいた。午後のセッションを抜けだして、あの頃は地下鉄はなかったからタクシーで四条河原町まで繰り出す。修学旅行の団体がたむろする新京極通だが、一本隔てた寺町通は閑散としている。
そこを御池通までゆるゆると上っていくと、何軒かの古本屋があった。一軒につき小一時間粘る。大体が図書館と同じで、入り口に均一本、そこから反時計方向に進んでいくと、法律・経済・社会科学・思想・哲学・宗教と並んでいく。店主の背中には地方史があって、そこを折り返すと自然科学や医学の売れそうもない教科書が並ぶ。店の右半分は文学・芸術・小説のたぐいで、手前には怪しげなビニ本が並んでいる。
やる気のない店はカビの臭いがするから分かる。やる気のある店は店主が誰かと電話でイベントの話をしているから分かる。こういう店には掘り出し物はない。それなりのものにはそれなりの値段をつけているし、買った時にちらっと上目遣いをする。アドレスをせがまれる。その後1年くらいは目録を送ってくる。
普段は疲れると喫茶店で一服しながら、10冊ほどの本をパラパラとめくることになるのだが、その日はとっぷりと日が暮れており、ちょっと早いが、一杯やるのも悪くない頃合いだった。だいいち寒かった。
骨董屋さんの脇に横丁があり、何やら奥に明かりがちらほら
ついふらふらと分け入って行くと、「京の家庭料理の店」みたいな看板が出ていたと思う。普段はこの手の店には入らない主義なのだが、ついドアを押してしまった。
中はスナック風なしつらえ、おそらく元はスナックだったのを借りたのだろう。いかにもそれっぽいカウンターの内側におばさんが一人。ここからストーリーが始まる。
せっかく話がトバまで来たが、もう12時半を過ぎて、酔いも回って、ミスタッチばかりだ。あとは明日にしよう。