ヒズボラの戦闘についての追補ということです。かなり途中が抜けていますが、機会があれば埋めて行きたいと思います。

1996年

96年 イスラエル国内で連続爆弾テロ。ヒズボラの犯行としたイスラエル軍はレバノン南部を空襲。怒りのブドウ作戦と名付けられる。レバノンで難民救援活動を行っていた国連レバノン暫定駐留軍フィジー軍部隊のキャンプが、イスラエルの集中砲撃を受ける。


2000年

5月 イスラエルのバラク政権、レバノンらのイスラエル軍の一方的撤退を発表。イスラエル軍は電撃的に南レバノンから撤退。南レバノン軍兵士の多くはヒズボラなどに投降。南レバノンのヒズボラの力は強化される。


2004年

9月 国連安保理、米仏の提案による「レバノンからの外国軍撤退」決議を採択。ラフィク・ハリリ首相は安保理決議の完全実施を主張し、ラフード大統領と対立、辞任する。

2005年

2月14日 ハリリ元首相が爆弾テロにより暗殺される。レバノン国内では各地で激しい反シリア・デモが起きる。米国はシリアの関与を疑い、完全撤退をもとめる。

4月 「杉の革命」、国連や欧米各国もシリア軍撤退を強く要求。シリア軍1万4千がレバノンから撤退する。


2006年

5月 ヒズボラ、イスラエル北部国境の町キリヤット・シュモネにロケット弾を撃ちこむ。また、射程100kmの新ミサイルを使用し、ハイファ近郊に着弾する。レバノン南部でヒズボラとイスラエル軍の緊張が高まる。

7月12日 ヒズボラがイスラエルの攻撃を開始。イスラエル軍兵士2名を捕虜にする。

午前9時にイスラエルに向け迫撃砲及びカチューシャ・ロケットを撃ち込む。この砲撃でイスラエル側に11名の犠牲者を出す。直後に突撃隊が国境を侵犯。偵察中の部隊に向かって対戦車ミサイルを撃ち込む。この攻撃でイスラエル軍兵士3名が死亡。さらに2名を捕虜にする。戦車で追撃したイスラエル軍は触雷し乗員4人が死亡。さらに脱出した1人が狙撃された

7月12日 イスラエル軍が南部の幹線道路・発電所などを報復空爆。さらに空爆はベイルート近郊のシーア派地域など全土に拡大される。

7月12日 ベイルートのラフィク・ハリリ国際空港、テレビ局、電話局など公共施設が破壊され、港湾は海上封鎖される。レバノンの国家機能は麻痺状態に陥る。

7月17日 イスラエル特殊部隊が越境攻撃を開始。

7月22日 メルカバ戦車を先頭に地上軍本隊が越境、2つの村を占領した。ヒズボラは地下トンネルのネットで対抗。対戦車ミサイルで大きな損害をあたえる。

7月27日 イスラエル軍、国連レバノン暫定軍の施設を砲撃。中国、フィンランド、オーストラリア、カナダの監視要員ら4人が死亡。中国政府は国連安保理に非難決議を提案するが、アメリカの反対で握りつぶされる。

7月29日 イスラエル地上軍、“任務を完了”し撤退。拉致された2人の行方は不明のまま。

7月30日 南部の町カナでイスラエル軍の「誤爆」により37人の子どもたちをふくむ56人が死亡、多数の負傷者が出る。

7月31日 イスラエル軍がレバノン南部での空爆を48時間“人道的”停止を発表(実際には継続)。

8月1日 イスラエル特殊部隊がベッカー高原のバールベックへの空爆。レバノン市民18人が死亡。

8月2日 イスラエル軍、国際世論を無視しレバノン全土に対する空爆を再開する。南部ではイスラエル軍とヒズボラの地上戦が再開。

8月3日 レバノンのシニオラ首相、イスラエル軍の攻撃でこれまでに900人以上が死亡、3000人が負傷し、人口の4分の1の約100万人が避難所生活を余儀なくされていると述べた。

英国の「セーブ・ザ・チルドレン」は、レバノン攻撃による死者数は615人で、子どもが33%を占めているという。ユニセフは、100万人近くのレバノン人が避難民となっており、その45%が子供だと発表。

8月4日 ベッカー高原のカアに空爆。農夫33人が死亡した。

8月6日 ヒズボラがイスラエル北部の都市キリヤトシモナにロケット弾攻撃を加え、12人のイスラエル軍兵士が死亡、6人が負傷。

8月7日 レバノン政府、イスラエル軍の攻撃による死者が1000人に達したと発表。イスラエルを批判する国際世論が沸騰。

8月11日 アメリカを含む国連安保理が停戦決議を採択。

8月13日 イスラエルが、国連安保理決議の受け入れを表明。小規模な空爆や戦闘は継続した。この間、イスラエル軍は1800発に及ぶクラスター爆弾を投下。

8月14日 停戦が発効する。イスラエル軍は国境沿いの数ヶ所を除き、レバノン領内から撤退。イスラエル軍は累計100人以上の戦死者を出しながら、ヒズボラの拠点建物や地下施設を完全に破壊することは出来ず、拉致兵士2名の解放も実現できなかった。

9月 イタリア軍を主体とする国連レバノン暫定軍が進駐。

10月1日 イスラエル軍、レバノン領内から撤退。