パレスチナのお医者さんが来て講演するというので、あわててパレスチナの歴史をまとめてみましたが、結局当日までは間に合いませんでした。

最大の理由は、ラマラ包囲戦とアラファトの死亡の後、どうやって書いたら良いのかわからなくなってしまったためです。

基本は、パレスチナ民族の最大の拠り所であるPLOを基軸に書いていくほかないのですが、これがなかなかきつい。表立った派手なパーフォーマンスがないのと、ひたすら隠忍自重の日々を記載するのが息苦しくなります。

パレスチナのお医者さんの話を聞いていてわかったのですが、「入植」という名の土地の簒奪はいよいよ激しさを増しています。このままではいずれ世界地図の上から消滅してしまうかもしれません。そういう切迫感があります。パレスチナの人々はまるで囚人のように扱われています。ガザや西岸地帯は、それ自体が一大ゲットーと化しつつあります。

しかし、現実にはパレスチナ人が消滅することはありえません。お医者さんの話を聞いてそのことも分かりました。理由はパレスチナ人には最低必要なお金はあるからです。知識もあります。おそらく国外からの仕送りが基礎となっているのでしょうが、イスラエルに頼らずとも生きているだけの地力は持っています。同じ難民でもサブサハラの難民とはレベルが違います。対外関係を取り仕切る自前の政府もあり、とかくの噂はあるものの、民衆の支持を集めています。

だからその生活に無理・無法は無いのです。いくら抑圧されていても、それなりの生活は成り立っており、これ以上悪くなることはないのです(たしかに今でも最悪ですが)。

無理・無法を重ねているのはイスラエルの側であり、それは無数のフィクションの上にかろうじて成り立っており、いったん事があればたちまち瓦解してしまうような脆さを内包しているのです。それが端的に示されたのが2006年のレバノン南部の闘いでした。

ヒズボラはレバノン南部に無数のトンネルを掘り、そこから射程距離の長いロケット砲を打ち込みました。遠いものではイスラエルの主要都市ハイファまで到達しました。恐慌をきたしたイスラエルは大規模で無差別の空爆を実行した後、戦車部隊をレバノンに送り込みますが、塹壕から飛び出したヒズボラ兵士のバズーカ砲の餌食となりました。地下に潜ったヒズボラ部隊に対し、大規模空爆は無効で、逆に無関係の民衆に多大な被害を及ぼしたことから、国際的に指弾されます。

こうして、イスラエルは何の成果も上げることなく撤退せざるを得なくなりました。「建国」以来の大敗北といえるでしょう。

イスラエルの力は制空権と強力な戦車部隊によるものです。この二つが無効化された瞬間、イスラエルの力は無となってしまうのです。これが力に頼るものの怖さです。

必ずしもヒズボラを支持するわけではありませんが、それはレバンなりの戦い方であり、PLOには別の戦い方があります。