赤嶺議員の質問が大変鋭い。

安倍首相が繰り返し主張する「強制連行を示す証拠はなった」という根拠については、あまり知られていない。
その根拠となる文書は「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」というもの。
これは2007年に内閣官房内閣外政審議室というところで作成されたようだ。
その報告書の“既述概要が記載されている資料”というのが別途作成され、それが「答弁書」の骨子となり、安倍発言の根拠となっているらしい。

したがって、発言の根拠は4段重ねとなっている。
1.内閣外政審議室の調査報告書
2.報告書の記述概要を記載した資料
3.概要にもとづく政府答弁書
4.答弁書に基づいて安倍首相がまき散らしている発言

安倍発言とは、正確にいうと「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」というものである。

それで免罪されるわけではないことは、これまでもさんざん論じられてきたが、「記述が見当たらなかった」というのが嘘だったら、この論争はそもそも無意味だということになる。

ところが「直接示すような記述」があったのだ。

先ほどの「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」というレポートの中に、日本軍による強制連行を示す資料である「バタビア臨時軍法会議の記録」がふくまれていた。

バタビア軍法会議の詳細は省略するが、いまはその是非を問うているわけではない。その記録が調査報告書にふくまれていたという事実だ。

問題は二つある。一つは調査の段階では存在した記述が、記述概要にまとめるときに、なぜ反映されなかったのか、ということだ。

もう一つは、このバタビア文書が、“強制連行を直接示すような記述”とみなされなかったのかという、判断基準をめぐる問題だ。

もし「つい見落としてしまいました」というなら、坊主マル懺悔する他ない。腹は立つが「しょうがないなぁ」ということに落ち着く。

もし問題が後者だとすると、「いわゆる強制連行」の定義が再度問われることになる。団鬼六の緊縛シリーズみたいなサド・マゾの世界のみが唯一の“強制”ということになる。

赤嶺質問に対する答弁書は、「強制連行を示す証拠はなかった」という認識は「同じである」とされているそうだ。

どうも政府の認識は限りなく後者に近いようだ。これでは人権意識の究極的荒廃と言わざるを得ない。

たとえ百歩譲っても、問題は「直接の証拠」の存在ではない。「直接示すような記述」の存在である。

これでは、政府は答弁不能に陥るのではないか。

バタビア裁判については、さすがの右翼も争わない
彼らは軍の範疇を狭く捉えることで、この論争を逃げ出そうとする。
端的に言えば、「東条英機が命令したわけではない」ということだ。
「軍の一部の不心得者による違法行為であり、国家・政府機構による行為ではない」ということになる。

ただそれを押し通せば、「日本人は不誠実だ」とみられることは間違いない。