「三つの理由」などと偉そうに言うつもりはないのだが、各種報道を見ていると、浮かび上がってくるポイントが三つある。

一つは、核開発政策に対する批判。
とくに2010年の20%濃縮ウラン製造宣言だ。こんなウランは核兵器以外に使い道がない。これをめぐって保守派の中が強硬派と穏健派に割れた。
ということは、核兵器の開発計画の是非が大統領選挙の最大の争点になってしまったということだ。

第二は、経済制裁の影響。
国際社会はイランへの包囲網を強化した。政治の主導権を握る保守強硬派はこの包囲網に対する打開策を打ち出せなかった。
その結果、貧困人口が05年の22%から40%まで急増した。さらにインフレと失業が襲いかかった。
イランはもはやこれまでの政治を続けることができなくなっていた。

第三に、選挙の最終盤、反ハメネイの共同戦線が形成されたこと。
穏健派トップのラフサンジャニやハタミ元大統領、改革派のアレフがいずれもロウハニ支持で一致した。
強硬派の頑なな姿勢が穏健派と改革派の共同をもたらしたのは皮肉な結果であった。

これからの動向を見る上で、不利な点はたくさん残っている。というよりほとんど手つかずで残っている。

にも関わらず今回の選挙が注目されるのは、ロウハニ50%に対し、保守強硬派11%という、あまりの大差である。

世論という点から見れば圧倒的な反ホメイニという状況の中で、暴力装置を握る強硬派が逆上することも十分考えられる。
はっきりしているのは、イランが深刻な政治状況にふたたび突入したということである。