「ヒットラーの経済政策」という新書の読み物を買って、パラパラと読んでいたら、いつの間にか引き込まれて一気読みしてしまった。おかげで寝不足である。

祥伝社新書の一冊で、武田知弘さんという人が書いている。
ジャーナリストの方のようで、「経済政策」の解説にもかかわらず、ほとんど図表がない。文章だけで読ませるのだから相当の筆力の持ち主であろう。
そのかわり、数字がないので文章の客観性という点では問題が残るが、それはそれで別文献に当たればいいのだから、入門書としては出色といっていいのではないだろうか。

と、偉そうに書いたが、初めての事実が大変多く、非常に勉強になった。
思いつくままに列挙しておこうと思う。

1.ケインズはナチの経済政策を評価した。


ドイツの経済政策の多くの部分は、ドイツとか枢軸という言葉をイギリスという言葉に置き換えるならば、まったく優れたものになるでしょう。それはまさに我々自身がその実現に努力すべきものです。

これは1940年8月にドイツが発表した「欧州新経済秩序」という計画への評価であり、この計画の骨子は金本位制からの離脱と、マルクを共通通貨とした自由な市場の形成にある。

もちろん、ケインズはファシズムとは対極の立場にあった人であり、このコメントについても留保が付けられているとは思うが、そのあたりはこの本では触れられていない。

その辺りもふくめつつ、バンコールなどケインズの戦後世界構想の中に、どう批判的に摂取されているのかは、それなりに興味深いところである。

2.ナチスは失業者対策でもっとも成功した国である

1938年(世界恐慌から10年後)の各国の失業者数

アメリカ 783万人(最大時1200万人)
ドイツ   43万人(最大時 600万人)
日本    27万人(最大時 300万人)

ただその理由として、武田さんはナチをヨイショして、思い切った公共事業(アウトバーン)と自動車生産への傾斜配分を上げているが、控えめに書かれているいくつかの事実がある。
一つは熟年労働者の就業に力点をおいたことである。これにより若年失業者は被扶養者として潜在化する。一つは女性を家庭へ押し込めたことである。女性は家庭に入れば専業主婦となり失業者とはならない。もう一つは大都市への移住を法律で禁止したことである。これにより貧農が都市のルンプロとなることを抑えることができる。第三の方法は独裁政権ならではの手法である。

このどちらが失業者減少の主役となったかについては、別資料を当たる他ない。

3.ナチの減税政策

実は、ここがこの本を読んでの一番の驚きであった。
ナチは政権をとった33年に税収規模の1割に及ぶ大減税を行ったのだそうだ。詳細については不明だが、国家財政がもっとも厳しい時期にこれだけの減税をやるというのは驚異の選択である。
この減税により景気は刺激され、税収は33年の51億マルクから34年に59億マルク、さらに35年には75億マルクに増大した。同じ時期に、納税者は34%から57%まで増加した。

富裕層に対しては累進課税制が導入され、配当が剰余金の6%に制限された。さらに35年には法人税が引き上げられた。いっぽうで貧困層に対して家族に対する扶養控除制が開始された。
サラリーマンに対しては源泉徴収制が開始された。
これがどの程度の規模で行われ、どの程度影響を与えたかについては定かではないが、ナチが所得再配分機能を重視していたことは間違いないだろう。
扶養控除と源泉徴収は、戦時中の日本にも持ち込まれ、定着している。

4.ニュープランによる信用創造
これはナチというよりシャハトの功績に期するというのが武田さんの評価だ。
シャハトは、ヒットラー政権の前半において経済政策を担った人物であるが、ナチ党員ではなかった。ナチが軍事力強化と侵略の方針に傾いたとき、たもとを分かったとされる。(こういうことはあとから潤色されるので、話半分に聞いておいたほうが良いだろうが)
シャハトは、23年には有名な超インフレをレンテン・マルクの導入により封じ込めた。
33年に再登板すると、国債や各種公債を利用して信用を創出し、インフレを招くことなく公共投資を支えた。
金準備が底をつくと、債権国とやりあって、利払いのモラトリアムを実現した。英仏両国を利用して、主債権国アメリカの取り立てを封じたようだ.
これらを成功させると、ついでシャハトは「特別マルク」なるものを創出した。対外決済を中銀に集中させたうえで、支払いの半分を兌換マルクでなく「特別マルク」という貨幣もどきで支払うことにしたのである。
これは金の裏付けのない、半ば破産したドイツという国家の信用だけを裏付けとする、一種の「商品券」だ。しかしこれが実際には貨幣として機能したのだ。
最大の理由は、世界中の金のほとんどがアメリカに集中し、それが大恐慌の結果塩漬けになってしまったので、アメリカ以外のどの国も金本位制に固執する限り、経済は収縮せざるを得なくなってしまったからである。
ドイツが経済危機を脱すると、三大通貨圏に入らない国(東欧、南米、ソ連)との交易は急速に伸びていった。これが奇跡の復興をもたらした最大の要因となった。
ただこれが可能だったのは厳密な通貨管理を行ったからであり、それは独裁政権にして初めて可能だったという側面は見て置かなければならない。
シャハトの活動時期は36年半ばまでである。その後は事実上、政策決定過程から排除されている。


というわけで、とくにシャハトの経済政策についてはもう少し勉強してみる必要がありそうだ。

なお武田さんには、日本経済の現状と引き比べてナチの経済政策を称揚する傾向が見られるが、個別政策についてはともかく、マクロの経済運営においてはまったく状況が異なっており、現政権批判がナチ型計画へと結びつくようなものではないと思う。