知らなかった。
「朝の風」という囲み記事で初めて知った。
明治憲法、君が代も外国製だそうだ。
明治憲法がドイツ憲法を下敷きにしたことは知っていたから、おそらくゴーストライターがいただろうとは予想していたが、具体的にライターの名を知ったのは初めてだ。
君が代に至っては、日本人の作曲だと思い込んでいた。

「朝の風」によると、憲法草案を書いたのはヘルマン・レースラーという人、君が代を作曲し完成させたのはフランツ・エッカートという人、いずれもお雇い外国人である。
これはNHKドイツ語講座のテキストに掲載されたらしいが、(平)さんというコラムニストはそれより以前から知っていたようで、「鈴木安蔵ら憲法学者や歴史家によってすでに明らかにされている」そうだ。

このコラムからはこれ以上のことは分からない。ウィキペディアであたってみる。

Franz Eckert プロイセンに生まれ、ブレスラウとドレスデンの音楽学校に学んだ。1879年に来日する。
1880年、奥好義・林廣季作曲、林廣守撰定の「君が代」に伴奏、和声を付けた。

ついで野間さんという方の君が代についてというページから

明治13年1月、海軍省から宮内省に対して「君が代」の作曲が依頼された。
宮内省は曲を募集し、半年後に、応募作品のなかから林広守の曲が選ばれた。(ただし実際の作者は広守の長男、林広季と奥好義)
審査にあたったのはエッケルト、林広守をふくむ4人であったというからお手盛りだ。なおこのページでは林の原曲とエッケルトの編曲が聞ける。

エッケルトの作曲としたのはほかならぬ海軍であった。海軍省は吹奏楽用の楽譜を印刷して、諸官庁および条約諸外国に対して公式に配布した。それがこの写真である。

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/0/10b1fecf.jpg

「日本古謡に基づいてエッケルトが作曲した」としか読めない。林のハの字もない。これが君が代・エッケルト作曲説を生んだのではないのだろうか。

ということで、作曲もエッケルトだと主張しているコラム子は、やや勇み足の感を免れない。