マツダ「派遣切り」裁判

山口地裁判決の意義

というのが今日から始まった。「国民運動」面トップの記事で紙面の1/4を使う大々的な扱いで、しかも連載らしい。

実は3月19日から23日にかけて私も三度ほど記事を書いた。そのなかで「やっぱりよくわからない」と繰り返した。その声が届いたのか、届かなかったのか、今度は内山弁護団長自らが解説をしてくれている。聞き手はあの酒井記者だ。

何故、画期的なのか

これはパナソニックPDPの大阪高裁判決、同じく最高裁判決、そしてこのたびの山口地裁判決と三つのセットで考えなければならない。

この三つで考えれば、画期的なのは大阪高裁判決であり、それが最高裁判決で押し戻されて、今回ふたたび前進的な判決に至ったという経過である。

だから山口地裁判決が画期的というからには、何か大阪高裁判決の“画期性”を上回るような“画期性”があったと見なければならない。これが素人の考えである。

それが何なのかが、やっぱりよく分からない。大きな流れの中で“画期性”を言うなら、大阪高裁判決とセットでの画期性ということになるのではないか。それとも、もっとショートレンジの話で、最高裁で逆転敗訴されたあとの、さまざまな判決の中で画期的ということかもしれない。

現に本日の記事のメイン見出しは「派遣先の雇用責任認める」になっているが、これを「黙示の労働契約」という論理で打ち出したのは、大阪高裁のPDP判決である。

黙示の労働契約の論理そのものは、最高裁判決でも否定されていないはずだ。最高裁は黙示の労働契約を否定はせず(肯定もしていないが)、ただそこに至るハードルを嵩上げ(特段の事情)しただけである。

ということで、かなり期待して記事を読んだのだが、さらに混迷を深める結果となった。
悪いがこの記事は読まないほうがいい。もつれがひどくなる。
自分で調べたほうがいい。
「判決文そのものに目を通せ」とすすめているから、そうしてみようか。