水俣病 最高裁判決の論理 つけたし その②

「特措法」は「公健法」の規定を変容するものではない。

これは「77年基準」の位置づけに係る判断です。

つまり、まず「特措法」、「公健法」、「77年基準」という三つの言葉を憶えなければなりません。憶えさえすれば、あとの話はそれほど難しくありません。

公健法(公害健康被害補償法): これが一番最初にできたらしい。先ほどの“魚を食べた”規定は、この法律によりさだめられている。

77年基準(1977年認定基準): 公健法に基づき水俣病を認定するために国が定めた基準。症状や徴候をな列挙した病態生理学的なクライテリア形式になっている。

特措法(水俣病特別措置法): 一番後にできた法律。水俣病が77年基準により認定されていることを“前提にして”、救済措置を定めている。

この表現は憎々しいくらい官僚的です。最初に公健法で定めた規定を、賛成も反対もせずに、認定基準を“前提”にすることで、みごと骨抜きにしてしまったのです。

この手口は、私も痛感させられました。被爆者医療を長年担当していて、健康管理手当の診断手続きで悩まされるのです。本来被爆者全員に出すべき管理手当を、医者の手で患者切りさせるのです。

「私どもとしても極力お出ししたいのですが、先生のほうが…」などと猫なで声出す役人の姿が目に浮かびます。

これに対して、裁判所は魚を食べたことが一番大事で、それで十分絞り込まれていると主張しています。

「肺に影がないから結核ではない」とか「肝機能が異常でないからアルコール症ではない」などというのは間違いだ、と指摘しているのです。