サンフランシスコ条約の調印は、さまざまな留保をつけたとしても、日本が占領状態から脱却した日であり、独立を実現した日である。
このことは間違いない。

その限りにおいて、それを祝うことには相応の理由がある。
しかし、恥じることなしにそれを祝うことはできないはずだ。
沖縄県は、国土が戦場になった唯一の県である(硫黄島を除いて)。
非戦闘員10万あまりが戦争によって殺された。

右翼に言わせれば、「日本の勝利を信じて、日本のために犠牲になった人たち」だ。

(南京虐殺と同じように犠牲者数を割引しようと精を出している連中がいる。もしまじめに正確な数を出したいのなら、日本政府に責任ある調査を要求すべきだろう。たんなるケチつけであるなら非礼だ)

それを独立のために「見棄て」た記念日が4月28日だ。
いろいろな事情があったのだろうし、一概に善悪は判断できない。
しかし沖縄を切り捨てたということだけは、繕いようもない紛れも無い歴史的事実だ。はしゃぐようなことではない。

保守派の人のブログに、「国旗国歌推進沖縄県民会議」の恵会長の言葉が載っている。

海軍司令官の大田実少将は、沖縄県民の献身的な協力について、
沖縄県民、斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
と書き残している。
日本兵が県民と和合一体となって戦い抜いたことは間違いない史実だ。
戦死された多くの将兵や県民の犠牲のおかげで、われわれは平和を享受できたのである(引用終わり)

日本の独立は、一心同体を誓った彼女を裏切って、代官様に差し出して得た「独立」である。

その沖縄の人が「屈辱の日」というとき、我々はただ頭を垂れるしかない。誰がそれに反論できるだろうか。

もしその声を無視して「独立できてよかったね」とはしゃぐのなら、「美しい日本の、美しい私たち」は、沖縄県民に三度目の屈辱を与えることになる。