赤旗の小林記者が現地取材した中国の慰安所記事は出色のものとなった。

まずは慰安所がどんな所かのイメージがはっきりしてきた。
数の問題から行くと、南京市内で40ヶ所以上、上海で150以上と書かれている。
中支の二大都市だとこの位の数ということになるから、中支全体では1千ないし1万と推測される。北支、満州にもおそらく同程度の慰安所が存在したものと推測される。

南京の利済巷慰安所は50人以上の慰安婦を抱えていた。主に朝鮮人女性が連れて来られたという。3階には指示に従わない慰安婦を閉じ込め吊るし上げて殴る小部屋もあった。
上海の「大一サロン」は高級慰安所で、日本人慰安婦が約20人いたという。
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           上海大一サロン

ただこれらの慰安所がどのくらい実像を反映しているかについては疑問が残る。もっと前線に近い危険な場所では、よりシビアーな状況があったのではないかと思われる。

映画でも、「独立愚連隊」、「人間の条件」、「兵隊やくざ」など私が見た戦争映画にはほとんど必ず慰安所が登場する。安倍首相はいいとこのお坊ちゃんだから、こういう映画は見なかったかもしれない。
それらはいずれも小便臭いチンケなものだった。今回紹介されたような大規模な施設があったということは知らなかった。

そして、上海の中国慰安婦問題研究センターの主任の談話が掲載されている。
これによると、
①慰安婦となることを強制された中国人は20万人。
②この内センターとして100人の証言を取り付けている。また元慰安婦20人を現在援助している。
③100人の証言によると、家事労働とだまされた、兵士として闘い捕らえられた、農村で強制連行された、というものが多い。(“兵士として闘い”というのは、多少誇張があるであろう。通敵者と疑われた場合が多いのではないか)

ということで、正直、20万という数字は浮いている。あまりこの数を独り歩きさせないほうが良い。「南京大虐殺」論争の二の舞になる。

先ほどの慰安所の数で割ると1千ヶ所として200人、1万ヶ所とすれば20人になる。もちろん慰安婦は“消耗”していくわけだから、約10年間の戦争の間に三回転したとすれば、さらにこの数は1/3になる。したがって慰安所の数がもう少し正確になると、慰安婦の数も確度を増すのではないか。

むしろ私には、子供の頃中支帰りの元兵士が、「火付け・強盗やり放題、チャンコロ・クーニャンやり放題」と言っていたほうが、よほど気にかかる。比較するような話ではないのだが…