C.権力を握った政府が何を成すべきかを示した

せっかく権力を握っても、バラマキ政治や逆に借金の返済に四苦八苦していたのでは意味が無い。

まず一番大事なのは自主財源の確保であり、途上国にあっては地下資源の確保をおいてない。それがベネズエラにあっては石油公社の奪還であった。

第二には、一種の鎖国政策である。とりわけ資本取引の制限と、為替相場の管理である。

03年3月、ゼネストにより疲弊した経済を立て直すため、チャベス政権は外貨割当制を導入し、生活必需品以外の輸入を厳しい統制下においた。

おりからの原油高もあり、債務の返還は順調に進捗した。それまでの経済危機と、石油公社の高級職員を数万人ほど解雇したことにより、外貨需要は減退していたから、それでも矛盾は激化しなかった。

2004年以降、景気の回復が進行した。当然ながら、諸物価の値上がりにより、通貨の高値維持政策と実勢との極端な乖離が生じた。

通常は通貨の下落はインフレに伴い進行するのだが、流通ドルの不足がそれに拍車をかける形となった。しかし通貨の価値は本来は外貨準備高によって規定されるのであるから、膨大なオイルダラーを積み上げたベネズエラの固定為替相場が著しく不当とはいえない。

市中での闇相場がいくら跳ね上がろうと、政府が購入する際には関係ない。それが経済の撹乱要因にならない限りは、民衆にとって二重価格は別に問題ない。輸出企業や輸入業者が困るだけである。

国際資本の自由と民衆の自由は、しばしばトレード・オフの関係となる。新自由主義というのは国際資本にとっての“自由”であって、それは民衆への“不自由”の押し付けだ。

であれば、新自由主義の逆を行く新“不自由”主義で行こうというのが政策の基本だ。民衆の自由を確保するために、内外の資本家には多少の不自由を忍んでもらう他ない。

第三には、外貨の割り当てを通じた政府の経済統制である。どんな大企業も今や政府の意向を伺うことなしに経営を行うことは不可能になった。

これはかつての日本と同じである。経済企画庁や通産省が産業政策を決定し、大企業はその指導のもとに護送船団を組んで海外に進出していった。

もちろんこれは輸出志向の政策のもとに行われたわけだが、ベネズエラでは必ずしも輸出志向ではない。いわば民衆志向である。

これから先、どうなるのかという答えは政府自身も含め確たるものを持っているわけではない。ベネズエラのような石油輸出に特化した国にとって、バランスのとれた産業構造というものがどんなものなのか、答えが出ているわけではない。

それはある意味で、日本にも同様に突きつけられている問題ではある。文化をふくめた第4次産業みたいなものを考えていくことになるのかもしれない。

ただ、それを選択しうるレベルにまで、政治は歩を推し進めることができるという事実は示されたと思う。