チャベス大統領が亡くなった。
日本では、反米急進派の騒々しい奴くらいの扱いだが、ラテンアメリカにとっては、そんなものではない。
彼が偉大であったかどうかではなく、彼が切り開いた地平の広大さが問題なのだ。

忘れっぽい人のために、チャベスが政権についた20世紀末のことを思い出そう。
ラテンアメリカは、これでもかこれでもかという苦難を背負わされ続けた。70年代の10年には、ほんの一握りを除いて、すべての国が軍事独裁国家であった。
80年代は、「失われた10年」と呼ばれ、天文学的なインフレと膨大な対外債務に苦しめられた。
そして90年代は「絶望の10年」と呼ばれた。新自由主義経済の押し付けにより、犠牲はすべて民衆に押し付けられた。人々は職もなく、収入もなくスラムをさまよっていた。
つまり30年の苦しみの末の選択として、今日のラテンアメリカの政治・経済があるのだ。

1.ラテンアメリカ自立の旗振り役をつとめた
それが98年末にチャベスが大統領になって、文字通り命を賭けた闘いで石油会社の経営権を政府の手に取りもどした。
それ以来、チャベスは、ラテンアメリカの新自由主義からの脱却を唱える旗振り役となった。
旗振り役が声を張り上げないでどうするんだ。

2.21世紀型の成功モデルを実現した
彼は、石油の販売による利益を社会還元することで、経済を活性化させ、人々の暮らしを改善することに成功した。
医療を行き渡らせ、教育を充実させ、文盲を追放した。
反対派は金をばら撒いていると非難したが、実際にはばら撒いてはいない。経済マクロを見れば、相当堅実な運営を行なっている。
ラテンアメリカにとって、天文学的なインフレと財政破綻の恐怖は、未だに記憶に鮮やかだ。
そして、そのインフレと膨大な対外債務をもたらしたのは、まさしく、いま非難している連中であり、その放漫財政であった。そのことも、未だに民衆の記憶に鮮やかだ。
もちろん、何もかもうまくいくわけではない。しかし以前よりはるかにいいのだ。

3.ラテンアメリカの地域統合に貢献した。
彼は大声を上げるだけの政治をしていたわけではない。かなり寝技も使って、ラテンアメリカ諸国の統合への意欲を掻き立てた。
21世紀初頭のラテンアメリカ統合の動きは、チャベス=キルチネル枢軸を中心に展開された。
キルチネルは決して左翼政治家ではない。ただ軍事政権への憎しみと、IMFを先頭とするネオリベに対する嫌悪感は尋常では無い。
この二人が孤立して闘っていたら、おそらく共倒れになった可能性が強い。この二人が組むことで、UNASURの路線は左翼からも民族派からもプレステージを獲得することができた。(そのために、ベネズエラはアルゼンチンに相当の利益供与を行なっている)
そして大国ではあるが国内組織基盤が盤石ではないブラジルのルーラも、安んじて改革路線を歩むことができた。
UNASUR路線は、ブラジルがアルゼンチン、パラグアイ、ボリビアへ譲歩することなしには前進できなかっただろうと思う。その譲歩を可能にしたのはチャベスとキルチネルのスクラムだろうと思う。