円高デフレというのはおかしい。
なぜならデフレ兆候は円高が進む前から出現していたからだ。
97年事態の後、企業は一斉に輸出拡大に狂奔した。新製品が出現しない限り商品の競争力は価格で決まる。
シェア獲得のために出血大サービスも厭わなかった。そして血を流したのは下請けであり、労働者であった。
労働人口は減少したにもかかわらず一人あたりのGDPは上昇した。しかもその間、労働者は血を抜かれ続けたのである。
どこかで路線を戻さなければならなかった。バランスを回復しなければならなかった。明らかに2000年代初頭には国民に疲れが見え始めていた。
ところが奥田・小泉はそれとは逆の路線をとった。空前の営業利益に目が眩んだのである。
彼らは出血路線を持続可能な戦略と考えるようになった。そして一方では輸出シェアーの確保、他方では国民の所得のさらなる低下、その結果としての莫大な利益の確保を永続的な戦略と考えるようになり、そのためのシステムづくりを推進した。

円高はたしかに国際投機資本が作り出したものである。しかし投機資本が乗り出す契機を準備したのは大企業にほかならない。

日本の輸出企業だけが甘い汁を吸うのは許せないとばかりに、円買攻勢を仕掛けた。せっかく海外に築きあげた販売市場は円高でまた壊される。それを取り戻すためにさらなる安売り攻勢をかける。

この悪循環がいつまで続くか…当然続かない。

だから円安に向かう。なぜならもはや日本の体力は尽きたと見られたからだ。これはきわめて深刻である。まず債務があっという間に膨らむだろう。

いまの円安局面が、こういう最終コーナーの表現かどうかは分からない。しかし、そろそろ経団連に日本を潰される日が近づいていることは間違いない。