たしかに、いったん悪循環に陥ってしまえば、どちらが原因かと言われても“卵が先か鶏が先か”という状況にはなる。

このへんは時系列的な分析が必要なのだが、97年ショックというのは消費税増税をふくめた8兆円の国民負担増と、金融危機の複合によるものだから、なかなか難しい。

ただ金融危機は、生産に対してかならずしも長期的な影響を与えているわけではない、ということははっきりしてきた。大手銀行が産業界に君臨するという構図は、すでに80年代に終焉を迎えていた。

デフレの直接の引き金となったのが低価格競争だというのは、かなり確からしい。

そうすると、内需の減退と低価格競争が先行して、それがコスト削減と人件費節約へと結びついていったというのが2000年代初頭にかけての風景ということになるのか。

そして、これによってもたらされた企業の苦境を、労働力の流動化という「痛みを伴う改革」で乗り切ろうとしたことの間違いが浮かび上がってくる。それは「構造改革」ではなく、低賃金と不安定雇用の「構造化」であった。

ただ、日本の産業全体を巻き込むような低価格競争が本当にあったのか、それが何をもたらしたのか、そのへんはもう少し丁寧にフォローすべきだろう。

赤旗では、「労働力の流動化はアメリカの外圧による」という解説がもっぱらなされてきた。しかしそれだけではやはり弱いと思いはじめている。やはり内発的な動因があって、そこを外圧が後押ししたと見るべきだろう。