今のうちにメモしておかないと忘れるので書いておく。

一番の問題は、どうして敗北後16年を経て、サンディニスタが政権に再び就いたかということだ。

大使のまとめは分かりやすかった。

まず客観的条件。

勝利のためには、まず何よりも国民の間の恐怖心を払しょくすることが必要だった。サンディニスタが勝利すれば、またアメリカが攻めてくるという恐怖心は、実体験に根ざしているだけに、極めて強かった。
しかしベネズエラが2002年に反革命に勝利し、2003年にブラジルでルーラが政権に就き、その後雪崩を打つようにラテンアメリカ諸国の多くで革新・左翼政党が勝利した。2006年までには南米諸国のほとんどが左翼政権となっていた。米国はこれに対してなんの手も打てなかった。
これを見た国民は、政権の維持を確信できるようになった。

もう一つの客観的条件は、保守政権と米国への幻滅だ。
ニカラグアで親米保守政権が誕生して以来16年間、ニカラグアが豊かになるという約束は守られず、援助するといった米国はひたすら収奪するばかりだった。ニカラグアはハイチにつぐ中南米第二の最貧国のままだった。
国民はもうネオリベラリズムにあきあきとした。そしてサンディニスタ政権の再登場への期待が広がった。

3つ目の客観的条件は、保守・支配層の分裂だ。元大統領と前大統領がもめた。原因は元大統領の汚職・腐敗だ。彼は麻薬取引にまで手を伸ばした。前大統領は元大統領の腐敗を厳しく摘発し、監獄へ送り込んだ。
しかし、前大統領は清廉潔白だからそうしたのではなく、米国に忠実だったからそうしただけだった。新自由主義をさらに推し進める上でも彼は米国に忠実だった。そのためにカトリック教会を中心に激しい反発が起きた。
このために保守層の分裂は修復不可能なものとなってしまった。

主体的な条件としては2つある。

まず第一に、90年の敗北後もFSLNが「人民の権力」を守り抜いてきたことにある。FSLNは野党となったが、80年代の統治システムを維持した。
それは懐の深い直接民主主義的な決定システムであり、決定に基づいてみずから統治する能力のことである。
「人民の権力」は、議員候補や党の役員も草の根選挙で選ぶなど、国民の声を結集することに努めてきた。
だから大統領選挙や国会議員選挙で過半数を獲得できなくても、地方議会や首長選挙ではつねに多数を維持してきた。
こうした下からの力がつねに中央政治に強い影響力を与え続けてきた。

第二に、こうした草の根の声に忠実であることによって、保守勢力の中の反動腐敗・勢力や、親米勢力を孤立化させてきた。
例えば前大統領が腐敗により弾劾されたときはこれを支持したが、現大統領が新自由主義経済をさらに推し進めようとしたときは、保守派内部の反主流派とも手をつないでこれに反対した。

これらの努力の積み重ねの結果、直接的には大統領選挙の決選投票制の変更により、オルテガは39%の得票率でありながら、大統領に選出されることが可能になったのである。

大統領になってしまえば、後は当然辿るべきコースを辿ることになる。
国民はもともとサンディニスタの政策を支持していたのであり、ただアメリカが怖いから、もう戦争はコリゴリだから、保守政権を支持していたに過ぎない。

オルテガ政権は、当初極めて慎重な政策をとった。節目節目でアメリカの反応を伺い、性急な政策は避けた。しかし貧困層への緊急対策や教育・医療への対策は着実に実践した。実践にあたってはカトリック教会との協同を重視した。

これらの結果が、5年目、二度目の大統領選挙で60%の得票率となって表されたのである。


これらの成果は、我々日本の革新勢力にとっても極めて貴重な経験を含んでいると思われる。

開かれた「人民権力」、地方政治の重視、保守層との積極的な共闘、が政治権力獲得のための3つのキイ概念である。

なかでもとりわけ、党と「人民権力」の関係が考察されるべき課題であろう。