倭国を両洋国家と書いた時に、イギリスとノルマンディーの関係と同じだと表現したが、ノルマンディーの歴史がうろ覚えだったので、気になっていた。
今回、ウィキペディアその他で、歴史的経過を調べてみた。

調べていくうちに、ひょっとしてこれは倭国と同じではないかと思われるようになた。伽耶国、あるいは任那がノルマンディーであって、イングランドが倭国だとすれば、鍵穴に鍵を差し込んだように話が見えてくる感じがする。


9世紀 ノルマン人がフランスに来襲。各地を荒らしまわる。

ノルマン人といっても一様ではなく、デンマーク人、ノルウェー人、ノルマン・ゲール人、オークニーヴァイキングおよび デーンロウから来アングロ・デーン人などの総称。

911年 ロロ(

Rollo

)の率いるヴァイキングが西フランク王国の首都パリを包囲。西フランク王シャルル3世は、ロロにルーアン地方の領有を認め、ノルマンディー公に叙する。ロロはロベール1世を名乗る

987年 ユーグ・カペーが即位。フランスでカペー朝が始まる。

933 チャンネル諸島がノルマンディー公国に併合される。ノルマン人はその後、ブルターニュ半島全域に支配を拡大。

ノルマン人征服者は自らの言語の古ノルド語を使わず、現地語のガロ・ロマンス語を採用した。古ノルド語からはいくつかの語彙が継承されている。

1013 デンマーク人がイングランドに侵入。デーン王カヌートがイングランド王につく。前王の係累はノルマンディー公を頼り避難。

1066年9月 イングランド王位を主張するノルウェー王がイングランド北部に上陸。ノルウェー軍はスタンフォード・ブリッジの戦いで壊滅。

1066年10月 ノルマンディー公ギョーム2世がイングランドに侵入。ヘイスティングスの戦いに勝利し、全土を支配下に収める。ウィリアムはイングランド王ウィリアム1世となりノルマン朝が成立する。

1204年 フランス王フィリップ2世、ノルマンディー公国を征服し、併合。ルーアンに強固な要塞を築く。その後の20年間に、フランス領土の西半分を占めていたアンジュー伯(プランタジネット家)の支配地のほとんどがフランス王の領地となる。

1337年 イギリス王がフランス王位の継承を宣誓。百年戦争が始まる。ノルマンディーがイングランドの手に渡る。

1341年 ブルターニュ公領の継承をめぐる戦争が始まる。イギリスはこれに介入しブルターニュ全域に支配を拡大。

1356年 イギリス軍、クレシーの戦いでフランス軍を殲滅。フランス王を捕らえロンドンに連行する。

1373年 フランス軍、ブルターニュのイギリス軍を駆逐し、支配下に収める。

1417年 イギリス軍が再上陸。ノルマンディーを掌握する。

1429年 イギリス軍、フランス主部を版図に収める。オルレアンまで進出したところをジャンヌ・ダルクの抵抗に会い撤退。

1431年 ジャンヌ・ダルク、ルーアンで火刑に処せられる。

1450年 フランス軍、ノルマンディーに総攻撃をかけ、イギリス軍を駆逐。