Paul Krugman 「債務、デレバレッジング、流動性の罠」

November 18, 2010

はじめに

現在先進国経済の政策論議で「債務」が焦点になっている。債務ショックとそれに対する政策反応に対し、「債務が原因で生じた問題を、債務(政府債務)をさらに増やすことを通じて解決することなどできない」として、多くが反対している。

最近になって考案されたエッガートソン=クルーグマンモデルは、 「貯蓄のパラドックス」を無理なく説明するばかりか、サプライサイドにおける新たなパラドックス-「精励のパラドックス」と「伸縮性のパラドックス」も説明できる。

これにより、大半の経済学者が現下のマクロ経済問題を間違って捉えてきたこと、アメリカ やEUにおける現実の政策は間違った方向に向かっていること、を示す。

不足するフォーマルなモデル

現在、債務をめぐる議論には、フィッシャーの債務デフレ理論(1931年)、ミンスキー(Hyman Minsky)の金融不安定性仮説(1986年)、そしてクー(Richard Koo)のバランスシート不況モデル(2008年)などがある。

しかし、特に財政政策と金融政策に関するモデルは驚くほど不足している。

多くの分析は「代表的個人モデル」に基づいているが、このモデルでは、ある経済主体が債務者であり、他の経済主体が債権者である、という関係を取り扱うことができない。

モデルのコアとなる経済学的なロジック

我々のモデルでは「代表的な個人」の代わりに、2つのタイプの経済主体、すなわち「気長な」タイプと「気短な」タイプの存在が想定されている。「気短な」エージェントが「気長な」エージェントから借入れを行う。借り入れ可能である債務の水準には上限が存在している。

デレバレッジング=債務圧縮の結果として、今現実に世界経済が直面しているような危機をモデル化することが可能となる。受け入れ可能な債務水準の上限が低下することによって債務者は支出の急速な切り詰めを強いられることになる。このような状況で、経済が不況に陥ることを防ごうとすれば、他のエージェント が支出を増加させるような刺激策をとる必要がある。例えば金利の低下である。

しかしデレバレッジングショックがあまりにも大規模であれば、金利がゼロ%にまで引き下げられてもなお十分ではない。結果として不況に巻き込まれ、経済が流動性の罠に陥ってしまう可能性がある。このようにしてフィッシャーの債務デフレの過程が導き出される。

債務契約が貨幣で締結されている状況のもとで、デレバレッジングによって物価が下落すれば、債務の実質的な負担は増加する。債務負担が増加すれば、債務者が直面する支出切り詰め圧力はさらに高まる。支出切り詰め圧力がさらに高まれば、当初のショックはさらに増幅される。

さ らに我々のモデルは、大規模なデレバレッジングショックの発生によって、これまで妥当であったルールの多くがもはや通用しなくなる世界に突入することも明らかにしている。この真っ逆さまの世界では、長らく無視されてきた「貯蓄(節約)のパラドックス」=個々人がもっと貯蓄しようと試みることで全体としての総貯蓄が減少してしまう=が実現する。

サプライサイドにおいても、新たな2つのパラドックスが生じる。すなわち、「精励のパラドックス」=潜在GDPが上昇することで現実のGDPが減少してしまう=というパラドックスと、「伸縮性のパラドックス」=労働者が名目賃金のカットを受け入れることで現実の失業が増加してしまう=というパラドックスが生じる。

財政政策へのインプリケーション

しかしながら、我々のモデルが特に新しい視点を提供するのは、財政政策の分析においてである。

債務は、拡張的な財政政策をもとめる主張を撥ねつける論拠のひとつとなっている。「債務によって引き起こされた問題を債務をさらに増やすことによって解決することはできない」 と。「家計の借り入れが行き過ぎだった。今度は政府に借り入れをもっと増やしてもらいたいと言うのか」という わけである。

このような財政出動批判論の、どこがおかしいのであろうか?

そこでは暗黙のうちに、「債務は債務である」、だから誰がお金を借りているかは重要ではない、と想定されている。そんなことはあり得ない。もし誰がお金を借りているかが重要ではないとし たら、そもそも債務が問題を生じさせることはないだろう。(このあと文章がわかりにくいが、個人が借りるのと国家が借りるのは性格が違うということを言いたいようだ)

すべての債務はまったく同じものとして創造されるわけではない。ある経済主体(民間)による過剰な借り入れが原因で生じた問題を、別の経済主体(国家)による借り入れによって解決することは可能である。

国債発行によって賄われた政府支出は、多額の債務を抱えた民間の経済主体が再生を進めている最中でも、失業の増加やデフレーションを経験せずにすますことを可能とする。この点は我々のモデルが非常に明瞭に示している。我々のモデルによれば、政府はデレバレッジングの危機が過ぎ去ったのちに、自らの債務を返済するという選択肢をとることが可能である。

要約

債務のもたらす影響と、債務者が直面する困難を真剣に考えるなら、世界経済が直面している問題は明らかであり、解決の方向は明白である。我々の分析が示 唆していることは、危機下の財政政策を支配する現在の通念はほぼ完璧に間違っている、ということで ある。


VOXを訳す!

というページに載っていた文章を読みましたが、良く分かりません。

ここに掲載したのは私なりの読解ノートであり、間違っているかもしれません。

クルーグマンは財政出動論者と言えます。その限りでは安倍首相と同じです。

彼の財政出動論は、現下の不況がデレバレッジング・ショックによってもたらされたものであるとの評価のもとに展開されています。

そして、貯蓄(節約)のパラドックス、精励のパラドックス、伸縮性のパラドックスという特徴づけを行います。

そして最大のパラドックスである財政政策、すなわち不況打開・雇用確保と財政再建の矛盾に切り込みます。

内需拡大という点では、我々とも一致しています。しかし財政出動は、その内容を問わなければ無意味でしょう。クルーグマンのアベノミクスへの「評価」は、彼自身の理論の危うさの反映かもしれません。