松本清張の「清張通史4 天皇と豪族」という本が半額本屋で買ったまま積んであった。
ぱらぱらとめくっていて、思わずうなづいた箇所がある。

古墳時代の文化は弥生時代の生活文化から自然に起こったのではなく、弥生時代とは次元の違うものが大陸文化の流入によってできたのである。
古墳を築いた民族はいわゆる弥生人ではなく、大陸文化を受けた朝鮮からの移民であった。


ということで、渡来人を弥生人とその後の征服者に分けている。
さらに征服者に関しても第一波と第二波に分けている。

前方後円墳を築いたのは4世紀に渡来してきた移民である。これに対し4世紀の後半から5世紀初めに第二次移民が到来した。彼らは土着の弥生人と第一次移民の上に君臨した。


この段落についてはおそらく多くの異論があるだろう。しかし、渡来人が弥生人一般には解消し得ないことが良く分かる。
(わたしは、出雲から越前にかけて渡来したのは"環日本海民族"(新羅をふくむ)だと思う。彼らの一部は畿内に入り、神武東征前に小国家群を形成していた。これを弁韓→百済系の北九州軍が制圧したとみたい)

これと、DNA解析により得られた結果を組み合わせると、日本人は旧石器人、縄文人(樺太経由の縄文人と半島から渡来した縄文人がいたようだ)、弥生人、新渡来人(これも松本説では二波に分かれることになる)
そして以下のことは間違いなさそうだ。すなわち、それらのいずれも、遠い祖先は北方・シベリア方面から移動してきたこと、弥生人は長江文明を背負って渡来したことである。

DNA屋さんの「縄文+弥生人=日本人」というパターンはあまりにも歴史を単純化しすぎているようだ。